Eine Deutschlandreise 2016 ドイツ旅行 (2/4)
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Inhalt 目次
1 Sachsen ザクセン
2 Der Harz ハルツ山地
3 Am Rhein ライン河畔
4 Architektur 建築
2 Der Harz ハルツ山地
2-1 Leipzig ライプツィヒ
2-2 Industrie- und Filmmuseum in Wolfen ヴォルフェン産業フィルム博物館
2-3 Magdeburg マクデブルク
2-4 Grüne Zitadelle 緑の砦
2-5 Bis Solingen ゾーリンゲンまで
2-6 Bis Thale ターレまで
2-7 Ferienwohnung Altstadtnest Wernigerode ヴェルニゲローデ 旧市街の巣 休暇住宅
2-8 Wernigerode ヴェルニゲローデ
2-9 Bis Köln ケルンまで
2-10 Nachwort あとがき
2-1 Leipzig ライプツィヒ
●二時間半の超弾丸ツアー
旅行5日目ドレスデンを出発し、ライプツィヒ、ヴォルフェンを経由してマグデブルクまで250kmのドライブ。
到着地マグデブルクの天候予報は小雨。予想最高気温8度、最低気温4度で、長崎の冬の気候。
出発時のドレスデンは快晴。朝の通勤時間帯にもかかわらず快適な1時間のドライブで、最初の目的地ライプツィヒに到着。
見どころは旧市街に集中しているため、中心市街地にある量販店Karstadtの地下駐車場に車を停めて散策します。日本で知らない都市へ行って、いきなり中心繁華街の立駐に車を駐めるなんて、できれば避けたいところですが、長崎の狭い道に慣れていると、ドイツならどうにかなりそうと、初めての訪問ライプツィヒでも肝が据わりました。
車を停めた8時半過ぎから、出発した11時過ぎまで、わずか2時間半の滞在という弾丸ツアーの上を行く慌ただしい行程。回った順番に紹介しても散漫になるので、
・旧東ドイツ関連
・音楽関係
・著名人の銅像など
の順番に記載します。
●ライプツィヒ現代史博物館Zeitgeschichtliches Forum Leipzig
写真2-1-1 写真2-1-2
東ベルリンの高層アパートを再現
まず旧東ドイツの歴史をたどる現代史博物館。興味深い展示が多々ありますが、私が特に目をひいたのは「東ベルリンの高層アパートを再現した一角」。建築士という仕事柄、当時の暮らしぶりが、写真ではなくリアリティがある実物大の展示に触れられて、ここまではるばる来たかいがありました。
●旧国家保安省記念館Gedenkstätte Museum in der „Runden Ecke“
写真2-1-3 写真2-1-4
検問所チェックポイント・ブラボー
次は膨大なスパイ資料が保管されている旧国家保安省記念館。右の白黒写真は、西ベルリンと東ドイツとの境にあった高速道路の検問所チェックポイント・ブラボー。写真左側に写っている建物は、高速道路本線を跨ぐように今も残っていて、数年前この場所を訪れました。看板の文章が冷戦当時の緊張した雰囲気を伝える1枚。
●音楽関係
写真2-1-5 ゲヴァントハウス 写真2-1-6 歌劇場
まずはライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が本拠地とするコンサートホール・ゲヴァントハウス。写真左は、私がドイツへ渡航する1年前の1981年に再建された3代目の建物。1981年当時クルト・マズアが同管弦楽団の指揮者をしていて、のちに買った「クルト・マズア指揮ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のベートーベン第九交響曲合唱付きLPレコード(CDではない直径30cmの黒い円盤)」が私の愛蔵盤の1枚。マズアとゲヴァントハウスに対する思い入れはひとしおなだけに、まさに数十年に渡る願いが叶ってこの場所に立てて感動で胸いっぱい。
ゲヴァントハウスの対面には戦後再建された歌劇場(右写真)。新古典主義のようでもありルネッサンス様式にも見える建物。ネットで見ると戦前の歌劇場は、ギリシャ神殿を彷彿とさせる古典主義の重厚な建物だったらしい。ゲヴァントハウス管弦楽団は2編成分の団員がいて、歌劇場も担当するとのこと。
写真2-1-7 トーマス教会 写真2-1-8 バッハのステンドグラス
左:次はトーマス教会。バッハはここの音楽監督を務め、主祭壇の前に埋葬されています。
右:ステンドグラスに肖像画がありました。
ライプツィヒは、文化の香り溢れる都市ですね。いずれライプツィヒに泊まって、本場のコンサートに行ってみたいな。
●著名人の銅像
写真2-1-9 ゲーテ 写真2-1-10 メンデルスゾーン
著名人の銅像の写真はネットにたくさんあるので、ありきたりの画像は避けて台座の文章をメインに書き出します。
左写真:一人目はゲーテ。旧市庁舎の前に立っていて、台座には「Student in Leipzig 1765-68」英独同じスペルなので訳しません
右写真:二人目はメンデルスゾーン。トーマス教会の近くにありました。メンデルスゾーンは26才でゲヴァントハウスの指揮者になり、同地でわずか38才で亡くなっています。
台座には「Edles nur künde die Sprache der Töne」
訳しにくいですね。「音色の(語りかける)言葉だけが人を高みへと導く。」と意訳してみましたがいかがでしょうか。公式サイトには、「The language of music roclaims only the noble」と英訳があります。
写真2-1-11 バッハ 写真2-1-12 テーア
左写真:三人目はトーマス教会の前にあったバッハ。背面を取り損ねてしまい、正攻法の画像です。威厳のあるポーズですね。
右写真:四人目はゲヴァントハウスの裏手にあったアルブレヒト・テーア。カタカナでGoogleで検索してもヒット数はわずか487件。私も含め日本にはほとんど馴染みのないドイツ人。
医者をやめて農学者になりジャガイモの栽培を広げ、ライプツィヒ農学会の名誉会員になったとのこと。
台座には「あなたが尊敬する教師~アルブレヒト・テーア~ドイツ農業従事者 1850年」とあります。異色の経歴を持つ有能な人だったようです。銅像が建つのも納得。
2-2 Industrie- und Filmmuseum in Wolfen ヴォルフェン産業フィルム博物館
●栄枯盛衰、フィルム産業の繁栄を偲ぶ
写真2-2-1 正面玄関 写真2-2-2 カメラ展示室
ライプツィヒを出発、北へ約50kmのところにあるヴォルフェン産業フィルム博物館へ。第二次世界大戦をはさんで、戦前はアグファ・ゲバルトの工場、そして戦後はドイツ再統一までORWO(旧東ドイツの写真フィルム・磁気テープの製造企業)の工場として、フィルム全盛時代の栄華をたどる産業博物館です。
Filmには幾つかの意味があって、私の早とちりで「映画」の意味で捉えていましたが、行ってみたら映像記録用フィルムの博物館でした。
この記事を書きながら公式サイト(ドイツ語)を丹念に読むと、ちゃんと書いてありますが、訪問前は、面倒なのでザザーと斜め読みしただけでした。
館内は1日3回のガイドツアーでしか見ることができないので、12時のガイドツアーに滑り込んだら、水曜日の日中だったからか、参加者は私ひとり。
最初に1960年に作られた26分間のAGFAのプロモーションフィルム「Film und Faser フィルムと繊維」を見て、その後、若い女性のガイドさんが産業遺構となっている旧工場内を案内してくれます。ドイツ語が十分に理解できない参加者相手に、ドイツ語で説明するのはむなしいでしょうね。申し訳ないので、聞き取れた単語をつなげたり、言い換えたりして「それってこういうことですね。」とか、簡単な質問をしたりとか、できるだけ反応を返しました。印象的だったのは、明るいと感光してしまうので、現像室のような薄暗い建屋でフィルムが作られていたという事実。大変な労働だったことでしょう。
写真2-2-3 入場記念のフィルム片
ガイドツアーの後は、800以上あるというフィルム・カメラや映画用カメラの展示室へ案内され、本日の日付を入れた入場記念のフィルム片をもらい、「後はご自由にご覧ください。」で終了。
写真2-2-4 アウトバーン(1937年) 写真2-2-5 ほら男爵の冒険
展示室の一角には、この工場で世界で最初に開発されたカラーフィルムで1937年に撮影されたアウトバーンの写真パネル。
はたまたUFA創立25周年記念作品「ほら男爵の冒険 Münchhausen」が、バーベルスベルクのスタジオでアグファ社の最新カラーフィルムで撮影されたと、解説付きの映画カット写真パネルが数点ありました。時代の最先端を行くフィルム工場だったらしい。
行ってみないと分からないこともあるし、貴重な体験をしたので損したという受け止めはしていませんが、「映画」に直接結びつく展示は僅かなので、お薦めしづらい博物館です。
2-3 Magdeburg マクデブルク
●消化不良の古都を再訪
写真2-3-1 写真2-3-2 ホンダNSX
写真2-3-3 昼食
ヴォルフェン産業フィルム博物館を出発し、1年ぶりの再訪問となるマクデブルクへ約100km。一面に広がる菜の花畑を見ながらドライブ。途中のサービスエリアで軽い昼食を取りました。
駐車場に赤いスポーツカー。ドイツでも日本車はよく見かけますが、ホンダのNSXはとても珍しい。ナンバーにもこだわりがあります。[H]は地名を表しており、[H]はHannoverハノーファーですが、Hondaを連想します。その右は1~2文字のアルファベットと1~4桁の数字を自由に選べるシステムなので、[NX]が選んであります。3文字のアルファベットが選べるなら当然[NSX]でしょうね。オーナーは見かけませんでした。日本人でなければ恐らく親日家でしょうから、声をかけると盛り上がったこと間違いなし。
●Das Kloster Unser Lieben Frauen 聖母の修道院
写真2-3-4
5日目の宿泊地マクデブルクに到着。宿の緑の砦にチェックインして旧市街を散策します。去年半日観光しましたが、消化不良のままだったので再訪したしだい。
まずはドームプラッツ(大聖堂広場)の北東にあるDas Kloster Unser Lieben Frauen(聖母の修道院)へ。
1018年に建てられたロマネスク様式の修道院で、現在は市立美術館とコンサートホールとして利用されています。
Wiki.de(※,独語)によれば、ココが市内随一の観光スポットらしい。昨年はそれと知らずにパスしてしまったので、今回は入館。
写真2-3-5 市立美術館 写真2-3-6 コンサートホール
左:市立美術館
右:聖堂を転用したコンサートホールの正面、通常なら祭壇があるところにパイプオルガンが鎮座しています。ちょうどホルン奏者が練習していて、堂内に響いていました。
●マクデブルク大聖堂
写真2-3-7 大聖堂 写真2-3-8 回廊の中庭
写真2-3-9 回廊
左:プロテスタント(新教)の大聖堂へ戻って来たときには、みぞれが降り出して、あいにくの天候。
雨宿りを兼ねて、昨年に引きつづき、堂内を見学。内部は撮影料がかかるので、写真はありません。
右:大聖堂の南側には回廊があります。937年設立のモーリッツ修道院Moritzklosterの遺跡。
右横:歴史の重みを感じる古びて閑散とした回廊は、鳥の鳴き声だけが聞こえる静寂で寒冷な空間。しばし散策すると、日常の喧噪を離れて心が洗われます。
●Kathedrale St. Sebastian聖ゼバスチャン・カテドラル
写真2-3-10 写真2-3-11
中央駅方向へ歩いて行くと。大聖堂より一回り小さいカトリック司教座教会Kathedrale St. Sebastian聖ゼバスチャン・カテドラルがありました。小さいとは言っても、小都市なら大聖堂クラス。堂内はカトリック教会にしては質素でした。
●旧市街地と夕食
写真2-3-12 旧市街 写真2-3-13 夕食
夕食場所を探して旧市街地を散策しましたが、何せ寒波到来でテラス席が開店休業状態なので、人気店の店内は満席。適当なところを見つけることができず、中央駅前のショッピングモールにあった軽食店で、ピザと生ビール・ラーデベルガー(2日前にドレスデンで飲んだ同じ銘柄)。当然物足りなくて、宿への帰りにスーパーでワインの小瓶などを買って部屋飲み。
2-4 Grüne Zitadelle 緑の砦
●芸術家フンデルトヴァッサーの遺作に泊まる
写真2-4-1 
夕食を済ませ、「緑の砦」内にあるホテルへ帰ってきました。マクテブルクを再訪した最大の目的は、ここに泊まること。緑の砦について詳しくは2015ドイツ旅行(1/5)>1-5 マクデブルクをご覧ください。
写真2-4-2 客室 写真2-4-3 サニタリー
外観同様内部も手の込んだデザイン。ベッドをはじめ調度品もフンデルトヴァッサーのデザインで統一されています。スタンダード・ダブルルーム・テラス付22㎡。1泊素泊まり89ユーロ。朝食はルームサービス12ユーロ。地下の専用駐車場11ユーロも含め、しめて112ユーロ(14,000円)。4人で泊まったヴェルニゲローデの休暇住宅を除けば、今回の旅行で最も高い宿でしたが、1年越しの念願が叶って満足。
写真2-4-4 ルームサービスの朝食 写真2-4-5 テラス
写真2-4-6
このホテルは朝食会場がありません。だから朝食はルームサービスなんです。予約した時間にワゴンで運ばれてきます。ボリューム満点で、新聞やテイクアウト用の紙箱も用意されていて、生まれて初めての朝食ルームサービスに大満足。
客室は2階で、テラスに出ると人工地盤の緑が美しい。ここで飲み食いすると気持よさそうだけど、この日はあまりの寒さに凍えそうで、イメージ画像を撮影して(右横写真)、室内で頂きました。ここに泊まるならテラス付きの部屋をお薦めします。
マクデブルクの郊外にはエルベ川と運河が立体交差している水路橋があるので、いずれ訪れてみたい。
緑の砦については、建築士としての視点で更に書きました。2016ドイツ旅行(4/4)>4-1 緑の砦
2-5 Bis Solingen ゾーリンゲンまで
写真2-5-1 バートザルツディトフルト市エストルム
旅行6日目マクデブルクを出発し、ハノーファー郊外の世界遺産ファグス靴型工場を見学、ドルトムントに立ち寄って、ゾーリンゲンまでおよそ400kmのドライブ。到着地ゾーリンゲンの天気予報は小雨。予想最高気温6度、最低気温1度で、前日より更に寒くなりそう。
マクデブルクを出発しておよそ2時間、木組みの家の町並みが美しい集落に差し掛かりました。このまま通り過ぎてしまうのがもったいなくて、集落の中心部でしばし休憩。調べてみるとバートザルツディトフルト市Bad SalzdetfurthのエストルムÖstrumという人口411人の集落でした。
●【世界遺産】ファグス靴型工場
写真2-5-2 写真2-5-3
更に25分ほど走って、本日の最初の目的地世界遺産ファグス靴型工場Fagus-Werk Alfeldに到着。現代建築の元祖と言うべき建物様式で、仕事柄興味が尽きず、予定よりも長居してしまいました。建築のうんちくを述べる代わりに1枚だけ紹介。1923年に撮影された事務所の様子(右写真)。OA機器が無いだけで、執務スタイルも建物と共にモダン。
建築のうんちくについては、2016ドイツ旅行(4/4)>4-2 ファグス靴型工場に書きました。
写真2-5-4 一般道 写真2-5-5 高速道路
世界遺産ファグス靴型工場の見学を終えてドルトムントへ向かいます。ドルトムントまでおよそ250km、2時間半の予定。
走り出して直ぐにみぞれの荒れ模様の天候でしたが、数キロ走ると晴天。この後悪天候と晴天の繰り返し。高速2号線に乗るまでの50分ほどは一般道(概ね制限速度100km/h)。平原の彼方にやまなみが見える、溜息が出るような景色の中を快調に飛ばします(左写真)。
右写真:高速2号線に乗ったらドルトムントまで171km、概ね速度無制限、片道3車線を150~180km/hでクルージング。こんな道路を走ったら日本へ帰りたくないな~。
写真2-5-6 ドルトムント工科大学 写真2-5-7 ハリボー直販店
なぜドルトムントに寄ったかと言うと、ミュンヘンと並ぶビールの町・・・なんですが、今回は工科大学にある懸垂式モノレールに乗ってみたかったので。ところがドルトムント市街に入ると交通量が多く、時間が押して残念ながら見るだけ(左写真)。
次はゾーリンゲンまでおよそ50km、50分ほど。ゾーリンゲンではハリボーの直販店に寄りました(右写真)。種類が多いグミは当然として、いろんなグッズがあるので見るだけでも楽しい。スーツケースのほぼ半分を占めるのではと思えるほどお土産を買い込みました。
●新婚夫婦のお祝いに駆けつける
写真2-5-8 Solingen Graf-Willhelm-Platz
写真2-5-9 夕食
写真2-5-10 夕食
旅行6日目の最終目的地ゾーリンゲンに到着。ゾーリンゲンはトロリーバスが走る町。架線から受電しているハズなのにディーゼルエンジンを吹かしています。知人によれば、架線が故障して通電していないらしい。電気で走るバスだけどエンジンも積んでいるんですね。これは意外。
ゾーリンゲンは刃物の町で有名ですが、外国人旅行客が観光で訪れるような町ではありません。今回は知人が結婚したので、遅ればせながらお祝いに駆けつけ、知人お薦めのレストランへ。新婚の若い二人にハゲオヤジの相手をしてもらい、ここまで一人旅だったのでとても楽しく会食しました。
お相手の存在はFacebookで間接的に知っていましたが、実際にお会いしたのはこの日が初めて。彼女なら異国でも生活していけるだろうと思われる聡明さ、芯の強さ、前向きさを感じました。単なる旅行ではなくて、異国で生活する事は、山あり谷あり苦労も多いと思いますが、優しい夫がサポートしてくれることでしょう。とてもお似合いの夫婦。末永い「幸福」をお祈りします。
●ゾーリンゲンの宿はエコノミーなビジネスホテル
写真2-5-11 写真2-5-12
ゾーリンゲンで泊まった宿は立地を優先させて、都心のエコノミーなビジネスホテルHotel goldener Löwe Solingen-Zentrum(ホテル金獅子ゾーリンゲン都心)。朝食込み65ユーロ(8,100円)。
2-6 Bis Thale ターレまで
●二泊三日の四人旅
旅行7日目ゾーリンゲンを出発し、デュッセルドルフで外大生3人と合流。ヴェルニゲローデへ2泊3日の小旅行に行きます。今日は、古城~ターレ~バウムクーヘン直販工場に立ち寄って、ヴェルニゲローデまでおよそ410kmのドライブ。到着地ヴェルニゲローデの天気予報はくもり。予想最高気温12度、最低気温8度で、冬が少し遠ざかるもよう。
写真2-6-1 サバブルク城 写真2-6-2
●眠れる森の美女の城で昼食
デュッセルドルフのIIK前で外大生3人と合流して、最初に目指したのはグリム童話「いばら姫(眠れる森の美女)」を彷彿とさせるサバブルク城。城の周囲はのどかな田園風景が広がります。せっかくのドライブなので、公共交通機関では行きにくい所を選びました。ココのレストランはグルメで有名らしく、お昼にしました。
写真2-6-3 写真2-6-4
ご覧の通り、ドイツのレストランじゃないみたい。デザートのアイスも美味しかった。一人旅だとこんなレストランには入りにくいので、グループ旅行ならでは。
●ドイツのグランドキャニオン
サバブルク城を出発し、大げさに「ドイツのグラウンドキャニオン」と呼ばれるターレへ。今年はご紹介できる適当な写真が無いので、昨年撮影した写真をご紹介します。
「ヘクセンタンツプラッツ(魔女の舞踏場)」と呼ばれる、渓谷が一望できる見晴台までロープウェイで登ります(写真1枚目)。ここの4人乗りゴンドラは、足元が鉄板の赤色ゴンドラと、足元がアクリル板になっていて約200m下の谷底が見える緑色ゴンドラがあります。お薦めは足がすくむような迫力がある緑色ゴンドラ(写真2枚目)ですが、高所恐怖症の人は赤色を選んでね(笑い)。
ドイツらしからぬ絶景に息を呑む体験をして(写真3枚目)、建物がそのまんまバウムクーヘンという直販工場に寄って(写真4枚目)、ヴェルニゲローデへ向かいました。
2015年春撮影
写真2-6-5 写真2-6-6 写真2-6-7 写真2-6-8
拡大写真は2015ドイツ旅行(2/5)>2-4 ターレで。
2-7 Ferienwohnung Altstadtnest Wernigerode
ヴェルニゲローデ 旧市街の巣 休暇住宅
●古都ヴェルニゲローデの町中に泊まる
写真2-7-1 写真2-7-2 リビング
ヴェルニゲローデの旧市街にある宿に到着しました。Ferienwohnungといウィークリーマンションみたいな、キッチン、家具付き、寝室3部屋にベッドが計五つあるメゾネット3LDK約70㎡の休暇住宅。左写真中央、ライトイエローの外壁の建物の3階と屋根裏部屋が泊まったところ。一泊素泊まり105ユーロ(13,100円)。
寝室の他にリビングもあります。このソファでよければ、もうひとり(計6人)泊まれます。
写真2-7-3 ダイニング・キッチン 写真2-7-4 サニタリー
左:ダイニング・キッチン。生活できるように一通りの調理器具、食器が備わっています。
右:4帖相当以上ありそうな広いサニタリー。
写真2-7-5 寝室1 写真2-7-6 ダイニングから玄関方向
左:寝室1。3帖ほどの小部屋にシングルベッドがひとつ。この部屋に泊まりました。
右:写真左の階段を上ると屋根裏部屋。
写真2-7-7 寝室2 写真2-7-8 寝室3
屋根裏部屋には寝室が二つ。それぞれの寝室にはシングルベッドが二つづつあります。外大生には上階に泊まってもらいました。
2-8 Wernigerode ヴェルニゲローデ
●中世のテーマパークみたいなお気に入りの古都
写真2-8-1 宿の前 写真2-8-2 宿の前
この2枚は宿の前の通り。よく手入れされた木組みの家並みです。ヴェルニゲローデは、散策に丁度よい大きさで、木組みの家並みが残る中世の市街地、更に丘の上には古城あり、登山鉄道ありと、テーマパーク「ドイツ村」といえる場所。しかも今日は1年で、この地方最大の「ヴァルプルギスの夜」というお祭りの日。
写真2-8-3 夕食はピザ店で
●夕食を求めてさまよう
チェックインが済み、さて夕食に行こうとして、宿のオーナーに相談したら、日本人顔負けの「おもてなし」に溢れた、こんなドイツ人もいるのかと驚くほど親切な方で、知り合いのレストランに電話してくれましたが、あいにく年に1度の大きなお祭りで、郷土料理店はどこも予約で満席
仕方がないので、自分たちで街を散策。やっぱり郷土料理店はどこも満席。ピザ店に入りましたが、せっかくヴェルニゲローデまで来て、この点は予想外で、外大生には申し訳なかったです。
写真2-8-4 写真2-8-5
外大生には黙っていたのですが今日は私の誕生日(でもFacebookでつながっているとバレちゃうよね)。宿に帰ってきたら、外大生からお祝いをしてもらい感激!頂いたチョコレートは、しっとりしていてとてもおいしかった。
ところでバウムクーヘンは、縦ではなく削ぐように切るのが正統だそうで、今回はしきたりに従って頂きました。一生の思い出に残る誕生日でした。改めて旅に付き合ってくれた外大生に感謝です。
●SL登山列車でブロッケン山へ
写真2-8-6 写真2-8-7
旅行8日目。4人の小旅行の中日。今日は午前中ブロッケン山へ蒸気機関車が牽く登山鉄道で登り、午後はヴェルニゲローデの旧市街・城で行われているヴァルプルギスの夜のお祭りを昼夜見ます。
ヴェルニゲローデの天気予報は小雨、最高気温14度、最低気温5度。これから登るブロッケン山は曇、最高気温5度、最低気温0度と、長崎だと寒波到来の気候。
まず朝食と昼食を買いに近くのベーカリーBäckerei und Konditorei Silberbachへ。土曜日の朝、次から次にお客さんが来店し、狭い店内は凄い熱気。旅行記をまとめながら調べてみると、手頃な値段で美味しいと人気の「行列ができるパン屋」らしい。
外大生の3人には始発のヴェルニゲローデから8時55分発の列車に乗ってもらいます。私は列車を車で追いかけて途中のドライ・アンネン・ホーネ駅で合流。帰りはドライ・アンネン・ホーネで4人とも降りて、ヴェルニゲローデへ車で戻ります。登山列車のハイライトは登り。単なる移動時間となってしまう下り列車で戻るより、車で戻った方がヴェルニゲローデへ45分ほど早く着くので、それだけ午後が充実するわけ。
●ヴェルニゲローデ駅(標高234m)
写真2-8-8 写真2-8-9
左:日本の2/3ほどの大きさの蒸気機関車が煙と水蒸気を勢いよく吐きながら、これまた小ぶりでノスタルジー漂う7両の客車を従えて、ヴェルニゲローデ駅(標高234m)を8時55分にゆっくりと出発。私は駅近くの跨線橋で列車を見送ってから車で追いかけます。
右:外大生3人とは申し合わせをして、客車のオープンデッキから手を振ってもらいました。オープンデッキ付き客車なんて貴重な体験。
列車はこの後ドライ・アンネン・ホーネ(標高540m)まで15kmを37分かけて登ります。そこを私は車で12kmを15分で走って先回り。
●ドライ・アンネン・ホーネ駅(標高540m)
写真2-8-10 写真2-8-11
左:私はドライ・アンネン・ホーネ駅近くの駐車場に車を駐めて、登ってくる列車を待ち構えます。9時半過ぎ、外大生が乗る列車がやって来ました。外大生と合流し、私も列車に乗ります。
右:列車はドライ・アンネン・ホーネ駅で給水などのため13分停車。列車はいよいよこの鉄道のハイライト区間に入ります。ブロッケン山頂駅(標高1,125m)まで高低差585m。19kmを51分かけて登ります。もう3年連続で乗っているのにウズウズしてデッキに出ずっぱり。標高が上がるにつれ、回りは雪景色になってきます。この列車がブロッケン山へ登る始発だからか、機関士はずっと窓から身を乗り出して、前方を注視していました。障害物の確認でしょうか。機関車は火の玉のように熱いとはいえ、極寒の中、職業魂に恐れ入ります。
●ブロッケン山頂駅(標高1,125m)は雪に覆われていた!
写真2-8-12 写真2-8-13
写真2-8-14
写真2-8-15
10時36分、列車は山頂駅に到着。山頂に、一昨年は雪無し、昨年は少し残っていました。でもこんなに雪が残っているとは驚き
幸い霧はなく、360度視界が広がって、ハルツの山並みが一望。
ブロッケン山頂は、およそ1周30分ほどのハイキング・コースですが、今日は雪のせいでぬかるんで足場が悪く、途中で引き返しました。
1時間後の山頂発11時36分発で下ります。車中、ベーカリーで朝買ったパンで昼食。
右横:車内販売で、鉄道会社オリジナルのハーブリキュールを買い、路線図が描かれた客席のテーブルに乗せて撮影。
列車をドライ・アンネン・ホーネ駅で降り、「夕食は自炊したい」との外大生の希望で、途中スーパーで買い物をしてヴェルニゲローデの宿へ戻りました。
●昼のヴェルニゲローデ城
写真2-8-16
写真2-8-17
外大生が夕食の下ごしらえを済ませるの待って、ヴァルプルギスの夜のイベントが昼夜行われているヴェルニゲローデ城へ
前庭のイベント会場には屋台がたくさん出て、中世の時代劇のような決闘が行われています。
日本に置き換えるなら、城の大名庭園で、チャンバラが行われるイメージかな。
●宿でホームパーティー?
写真2-8-18 写真2-8-19
宿で外大生が作ってくれた夕食を頂きます。大好物のグーラッシュ(ハンガリー起源のシチュー)と蒸かしたジャガイモ。外大生によれば、台所にオーブンがあったので、使ってみたかったとのこと。
調理器具が揃っているキッチン付きのアパートホテルに泊まっても、もともとグルメじゃないので、自分で料理をしようなんて思ったこともありません。だから、まさか旅先で手料理でもてなしてもらえるなんて、全くの想定外で感激。ホームパーティーの雰囲気です。
瓶ビールは、Falkenfelser(ファルケンフェルザー[タカ岩])という、Netto Marken-DiscountディスカウントストアのオリジナルブランドのWeissbier白ビール。
●夜のヴェルニゲローデ城
写真2-8-20
夕食を済ませもう一度、夜の城へ登ります。そのつもりで城に近い宿にした次第。
「ヴァルプルギスの夜」のイベントに訪れたのは、今年で3年目ですが、夜の城に登るのは初めて
この写真は、上の写真2-8-17とほぼ同じ位置。昼間と様子が変わり空の青さがどんどん濃くなっていき、とてもドラマチック。
写真2-8-21 写真2-8-22
左:写真2-8-16と同じ、城の外壁。黄昏の空が窓ガラスに映り込んでいます。ドラキュラの館みたい。
右:ステージを見ながら、屋台で買ったKirsch Bier(チェリービール)とスナックを、野外席でちびちび。各席にはろうそくが用意されています。風で消えないよう、白い袋に入っています。
2-9 Bis Köln ケルンまで
旅行9日目、4人の小旅行の最終日。今日は、古城に立ち寄って、ケルンまでおよそ370kmのドライブ。到着地ケルンの天気予報は晴れ。予想最高気温16度、最低気温7度で、長崎の3月下旬頃の気候。
写真2-9-1 朝食 写真2-9-2 一般道
左:朝食は外大生がフレンチトーストなどを用意してくれました。
右:8時半頃ヴェルニゲローデの宿を引き払い、まずはトレンデルブルク城まで約140km、2時間。日曜日の朝なので、一般道も高速道路もスカスカ。快適なドライブ。一般道と言っても、法定100km/h、アップダウンが少なく緩やかなカーブの道が延々と続くので、日本とは全く次元が異なります。日本で運転するみたいにドイツの道路にも慣れ、まだまだドライブを続けたい気分ですが、夕方には車を返却しなくちゃならないと思うと、名残惜しい。
写真2-9-3 アーデレブゼン城 写真2-9-4 トレンデルブルク城
左:トレンデルブルク城まであと30kmとなったとき、丘の上に大きな塔が見えました。気になって、ナビを無視してちょっと寄り道して、車を停めて写真を撮影。
旅行記をまとめながら調べたところ、ゲッティンゲンの西15kmのほどの所にあるSchloss Adelebsenアーデレブゼン城らしい。Burgen.de(※、独語)。13世紀に建てられ、30年戦争で全焼。その後修復され、現在は民間財団の管理下にあり、レストランや宿泊施設は無いようです。
右:更に20分ほど走ると、目的のトレンデルブルク城が見えてきました。
●グリム童話の挿絵のモデル トレンデルブルク城
写真2-9-5 写真2-9-6
写真2-9-7
2日前に寄ったザバブルク城の北およそ12kmほどの所にある、これまたロマンチックなトレンデルブルク城Burghotel Trendelburg。入口には「Märchenfest 05.MAI.2016(2016年5月5日メルヘン祭り)」の案内板。お祭りの時に来るとよさそう。
ヴェルニゲローデを出発するときは曇っていましたが、到着時は晴れ。気温は12~3度で少々肌寒いものの、早春の長崎のようなさわやかさ。小高い丘から眺める周囲の新緑がまぶしい。
写真2-9-8 ゲストハウス 写真2-9-9 レストラン
写真2-9-10
この城の歴史はWiki.de(※、独語)によれば1303年に遡るらしく、1996年に民間ホテルになったらしい。Booking.comで予約でき、口コミもすばらしい8.8。ドイツの味わいたっぷりの場所なので、いずれ泊まってみたいものです。
到着が10時半頃で、お昼には早いので、お茶だけにしました。
さていよいよ今回の旅行で最後のドライブ。ケルンまで230km、2時間半の予定。日曜日の午後なので、それほど混雑もなく14時頃ケルン中央駅の近くにある宿のレセプションに到着。宿にチェックインし、ケルン中央駅のAvisの営業所が閉まる15時にぎりぎり滑り込んで車を返却。無事2,570kmを走り終えました。
●ケルン到着 お気に入りの定番コースへ
写真2-9-11 展望台より 写真2-9-12 ビアガーデン
写真2-9-13
左:ケルンでは、私のお気に入りの定番コースへ外大生を案内します。まずホーエンツォレルン橋でライン川を渡り、ケルン・トライアングルの屋上にある展望台へ。
右:そしてその足元にあるハイアット・リージェンシー・ケルンのビアガーデンでちょっと早めの夕食。食事を終えて、外大生とは18時前、ここでお別れ。2泊3日の小旅行を終え、一人旅に戻ります。
2-10 Nachwort あとがき
ゾーリンゲンは行くべきか
私が2011年に作成したページドイツの都市100選。ドイツの都市をGoogleで検索し、ヒット数でランキングしたところ、ゾーリンゲンは29位で、27位のハイデルベルク並に名が売れています。恐らく刃物の代名詞としてでしょう。ただ観光地としては縁遠く、地球の歩き方2016~17版には掲載がなく、今回は知人を訪ねただけ。
一方、私が1981年に使った「ブルーガイド海外版ドイツの旅」には、
●刃物博物館 Klingenmuseum
●ヴッペル城 Burg an der Wupper 城の上からのヴッペル渓谷の眺めが素晴らしい
とあります。
当時は東西ドイツに別れていたので、紹介が主に西ドイツに偏るのも致し方ない。地球の歩き方に紹介が無いとなれば、なおさら行ってみたい欲望に駆られるひねくれ者です。
身近にドイツを知る人がいた
ゾーリンゲンでは、上のようにハリボーの直販店に寄りました。
実はこれには後日談が。我が家の1階車庫は、自用部分を除いて月極駐車場として貸しています。そのうちのお一人が盆正月に「帰省しました。」と壱岐のお土産を持ってきてくださいます。いつももらうばかりでは申し訳なくて、小さなお子さんがいる家族なので、ハリボー・グミをお土産に差し上げたところ、奥様がなんと「姉が以前ドイツに居たので、私もベルリンとブレーメンへ行った事があります。ハリボーは大好きで子供とともに頂きました。」とお礼を言って頂き、まさかこんな近くにドイツを知る人がいたなんて驚きと共に喜んでもらってよかった。来年も買って帰ろう。
ゾーリンゲンでマクデブルクの忘れ物に気づく
写真2-10-1 ドイツのコンセントのイメージ
ゾーリンゲンの宿に着いて、さあ充電しなくちゃと、Cプラグを探したけど無い。
ご存じのように、ドイツと日本では、プラグの形状が異なるので、変換用のCプラグが必要。どうもマクデブルクの宿のコンセントに差し込んだまま忘れてきたみたい。日本のコンセントは壁面にありますが、ドイツのコンセントは、壁よりも凹んでいて、変換プラグだけを差し込むと壁面から半分ほどしか出ないので、気づかなかったもよう。きっと次に泊まった客は「変なモノが差し込んである!」と驚いたでしょうね。
ちなみに電圧も、日本100Vに対してドイツ230V。最近のACアダプターは100V~240V対応なので変換プラグさえ持って行けば、世界中で使えますが、ドライヤーなどは「火を噴く」恐れがあり注意が必要。
写真2-10-2
左:ドイツで買ったCプラグ
右:日本で買ったCプラグ
さて困った。電源が取れなければパソコンをはじめ電子機器はタダの重たい箱。レンタカーを返すまでは車中で電源が取れるけれど、残りの数日はお手上げ。知人との待ち合わせの時間までまだ1時間ほどあるので、不安を抱えたままとりあえず待ち合わせ場所である都心のショッピングモールHofgarten Solingenへ行ってみたところ、モール内に家電量販店Saturnがあり、店内を探したらあった(写真左)。
これって、まずドイツ人は買わないので、私のように間抜けな旅行者向けに置いてあるのかな。ありがたい。平日の繁華街でよかった。これが商店街が閉まる日曜日や家電量販店がない田舎だったら直ぐに入手出来たかどうか微妙。
地獄で仏、この一品で命拾いしておきながら、ケチをつけるのは「恩を仇で返す」みたいで気が引けますが、このCプラグ、写真右の日本で売っている同等品と比べると、なぜかしらデカいんです。日本で使うことは無いし、次回の旅行には日本で買った小さい方を持って行くので、よっぽど帰国時に捨ててこようかと思いましたが、オオボケ記念として大切に持ち帰りました(笑い)。
写真2-10-3 テーブルタップに差し込み
百聞は一見にしかずで、日本で買ったCプラグをドイツのコンセントに差し込んだ状態を再現できれば、分かりやすいけど、日本では出来ないので、その昔ドイツで使ったテーブルタップを持ち帰っていたので、それに上の二つを差し込んでみました。
日本で買ったCプラグは、半分が「穴」に埋もれてしまいます。一方、ドイツで買ったCプラグは存在感ありすぎ。これくらい大きいと置き忘れないでしょう。大きさには意味がありますね。ドジなハゲオヤジには、大きい方が、なくすリスクが減っていいかな。
ガソリン代80ユーロ?そんなに高いはずはない
写真2-10-4
マクデブルクのガソリンスタンド
マクデブルクの宿を出発して直ぐガソリンスタンドに寄りました。ドイツのスタンドは、基本的にセルフです。ただ計量機(給油機)に代金受領の機能は無く、店舗内のレジまで行って計量機の番号を言うと、レジスターに料金が表示されて払います。この時は、番号を言うと、店員からいきなり「80」と言われ、確か40ユーロ台のはずだけどと思って、キョトンとしていたら、もう一度「80」と言われ、続けて「今のおばあさん80才なのよ。自分で運転しているの。元気でしょう。」と説明。
実はレジに行ったとき先客がいて、高齢の女性が店員と話しをしていて、暫く待っていました。その女性が80才だったみたい。そんな冗談を言われると思っていなかったのでビックリ。
高速道路のスタンドならともかく、ここはマクデブルクの中心部で、しかも大通りから脇道に入ったところにあるスタンドなので、地元民の利用が殆どのはず。だから見るからに東洋人の私でも冗談が通じると、店員は思ったことでしょう。まあ、ドイツ人が国内旅行で回るようなところを巡っているので、「ドイツで生活している人」と思われても当然。それに見合った語学力を付けなくちゃ。
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