Eine Deutschlandreise 2015 ドイツ旅行 (1/5)
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Inhalt 目次
1 Norddeutschland 北部ドイツ
2 Der Harz ハルツ山地
3 Rheinland ラインラント
4 Umwelt und Architektur 環境と建築
5 Deutsch und Kultur ドイツ語と文化
Überblick 概要
●北ドイツをレンタカーで周遊する14日間の一人旅
2015年春、ゴールデンウィークをはさんだ14日間、単独で北ドイツを旅行しました。フランクフルトを出発し、バルト海沿岸都市ロストックまで北上し、ハルツ山地やアイフェル山地などをレンタカーで回り、デュッセルドルフから帰国へ。
そのためドイツの一般的な観光ルートからは離れ、全く個人的な内容なので、観光案内としては役立ちませんので、悪しからず。
なお掲載写真は特記がない限り、自前で撮影。右の写真は昨年に続いて再訪したデッサウの世界遺産バウハウスの本校舎の前で。
写真1-0-1 バウハウス
お断り
情報の多くはドイツ語のウェブサイトなどから直接仕入れています。固有名詞等、日本語の定訳と異なることがあるかもしれません。そのためできるだけドイツ語も併記しました。日本語ドイツ語は日本語訳が旅行ガイドやネットにあるもの。逆にドイツ語日本語の並びは、日本語訳が見つからなかったので、私のなりの日本語訳です。
趣味のドイツ語なので内容の正確さを保証できません。その程度の語学力だと見逃してください。
※印のリンクページは、別ウィンドウが開きこのサイトを離れます。
円表示は交換時のレート 約1ユーロ=135円で計算。
Reiseweg 行程
4/23 長崎~羽田
4/24 羽田~①フランクフルト国際空港②カッセル1泊
4/25 ④マグデブルク③シュテンダール1泊 
4/26 バウハウス⑤デッサウ1泊 
4/27 ⑥ヴィスマール⑦ロストック知人宅1泊 
4/28
・30
オスターヴーク⑧クヴェトリンブルク3泊
ターレ、ハルツ狭軌鉄道でブロッケン山へ、ヴァルプルギスの夜
5/1 ⑨バート・ミュインスターアイフェル1泊
5/2・
3
アイフェル山地ボン⑩ケルン2泊
ドラマのロケ地探訪など
5/4・5 ヴッパータールデュッセルドルフ1泊
⑪デュッセルドルフ空港
5/6 成田~福岡
青は経由地赤は宿泊地緑は観光・視察地など ドイツ地図
全て自前で組み立てた手配旅行
航空会社は全日本空輸(ANA)。九州からだとアジアのハブ空港を経由して行く選択肢もありますが、乗り慣れてかつマイレージがたまる航空会社を選びました。
ドイツ国内はフランクフルトを出発してケルンまで、ほぼ全行程約2,800kmをレンタカーで走行。そのため、この旅行記に出てくる「車」は、全て今回借りたレンタカーを指します。
宿は事前に日本からネットでホテルやアパートホテル(注)を予約
注:家具・電化製品付きのウィークリー・マンション感覚で、1泊単位で宿泊可。
1 Norddeutschland 北ドイツ
4月23日(木)17時過ぎ、定時で仕事を終えると、そのまま長崎空港へ。19時羽田へ向けANA便で出発。約4時間の乗り継ぎ時間を経て、日付が変わった24日(金)午前1時前羽田を発ち、フランクフルト到着は同日午前6時過ぎ。つまり夜行便で移動し、到着したら朝という、とても効率のよい便。到着したらすぐにレンタカーでカッセルへ北上する予定。到着地カッセルの天候予報は晴れ。予想最高気温20度、最低気温3度。九州の4月中旬頃の気候です。
1-1 Bis Kassel カッセルまで
1-2 Hotel Schillerquartier ホテル・シラークヴァルティーァ
1-3 Kassel カッセル
1-4 Stendal Teil1 シュテンダールその1
1-5 Magdeburg マグデブルク
1-6 Stendal Teil2 シュテンダールその2
1-7 Dessau デッサウ【世界遺産】
1-8 Wismar ヴィスマール【世界遺産】
1-9 Nachwort あとがき
1-1 Bis Kassel カッセルまで
●夜の羽田空港、夜行便でフランクフルトへ
写真1-1-1 羽田空港国際線ターミナル 写真1-1-2 同左搭乗口
写真1-1-3 写真1-1-4
長崎空港を飛び立って羽田空港到着は21時前。国内線ターミナルから連絡バスで国際線ターミナルへ移動。フランクフルトへのフライトまで4時間ほどあります。これから乗る夜行便は初めてです。知人のアドバイスによれば、乗ったらスナックだけ。ドイツ到着前しか食事は出ないので、乗る前に食べておいた方がよいとのことで、エプロンが見えるところで、遅めの夕食。
暗闇の中を移動するたくさんの光源を眺めながら、スナックバーみたいなところで食べるなんて、完全に非日常。旅の始まりの高揚感でワクワクしてきます。ひとり旅ですが、Facebookに書き込んだら皆さんから「いってらっしゃい」の挨拶をたくさん頂き嬉しい。行ってきま~す。
写真1-1-5 B777-300機内 写真1-1-6 席前ディスプレイ
左:羽田発が午前1時前、フランクフルト到着が同日午前6時過ぎ。単純計算すると5時間ですが、これにサマータイムの時差7時間を加えると、12時間の夜間飛行。映画を見たいけど、眠いし、翌日の行動を考えると寝ておくべき。足を投げ出せる席を取りましたが、歳のせいもあるのかエコノミー・シートで寝続けることはさすがに苦痛。トイレがすぐそばで、トイレが近い私にとって便利なものの、トイレの使用音で目が覚めます。この便に乗るならビジネスクラスで横になりたいけど、身分不相応かな。
隣席は、オーストリア・グラーツのビジネスマン。日本へは年に4~5回仕事で行くらしく、外国人とは話し慣れた感じで、語彙を選びながら手加減して相手をしてもらっていることが伝わってきますが、それでも私の語学が少々追いつかない。ユーロ圏が抱える問題なども話題にのぼったものの、政治・経済の話しなどもラクラクできるといいんだろうけど。ただドイツ語をまともに使ったのは、恐らく1年前の旅行以来のハズだから、まあ、使いものになったのでよかった。
右:到着前、深夜食というか超朝食が出ました。画面は各席にあるディスプレイ。運転を控えているのでアルコールは我慢。
フランクフルト国際空港到着は、予定よりも早い5時半頃。一年ぶりに戻ってきたみたいで感動で胸一杯。入国審査では珍しく、どこへ行く、旅行かビジネスか聞かれました。東洋からの中年男の一人旅は怪しく見えるでしょうね。税関はフリーパスでした。
写真1-1-7 レンタカー
6時にレンタカー会社のカウンターが開くのを待って、車を借ります。車種をどれにするかのやり取り、乗り込んでもナビの設定に手間取って(すぐに慣れましたが)、7時頃空港を出発。最初の目的地カッセルまでおよそ200km、2時間のドライブ。レンタカーはアウディA6。レンタカーについて詳しくはロケ地探訪第五弾その3>53-1アウディA6ご覧ください。
空港を出たところで、いきなり車線を間違えて、本来の北行きの高速入口に入れませんでした。ここであたふたしても事故の原因なので、左ハンドル、右側走行への慣らし運転のつもりで、道なりに高速66号線を西へ向けて少し走ります。そして13kmほど走ってFlörsheim am Mainフレルスハイム・サービスエリアで車を停めました。
●通勤途中の駐在員?
写真1-1-8 到着後最初に食べたもの 写真1-1-9 サービスエリアの店内
7時半頃。さっそく軽い朝食で腹ごしらえ。レシートQuittungを拡大して見るとエスプレッソ小1.7ユーロ。ドイツパンのサンドイッチ2.99ユーロ、そしてペットボトル1.5リットル2.69ユーロ。
このときジャケットにジーパン(現地ドイツでは上下揃いではなく、これも一般的な印象)、ショルダーバックでした。到着したばかりだというのに、ドイツの日常に溶け込んで、普通にドイツ語を使って、ユーロで払い、日常食を食べる。駐在員が車両通勤途中に朝食をとるような雰囲気。長年日本の片田舎で仕事してて、できなかったことが疑似体験でき、嬉しかった。
2枚の写真ともドイツのありきたりな日常風景ですが、私にとってこの雰囲気の中にいるだけで十分幸せな気分。あとは早く夕方にならないかな。運転を終えてビールを飲みたい(笑い)。
写真1-1-10 アウディA6ダッシュボード 写真1-1-11 高速66号線Krifteler Dreieck手前
左:サービスエリアから走り出す前に、ダッシュボードの写真を一枚。メーターは300km/hまでありますが、210km/hでリミッターがかかります。フルタンクで約1,000km走るようです。気温は7度と出ています。
右:金曜日平日朝の通勤時間帯なので、ラッシュを心配しましたが、車は多めなものの順調に流れています。ご覧のようにすがすがしい青空。絶好のドライブ日和です。
写真1-1-12 ヴェッテラウ東サービスエリア 写真1-1-13 一般道
左:更に高速5号線を1時間ほど走ってAutobahnraststätte Wetterau Ostヴェッテラウ東サービスエリアで休憩。
右:高速5号線から7号線へ乗り継いで、カッセルの手前で高速道路を降り、一般道を走ります。
今日の最初の目的地ヴォルフハーゲン都市公社(2015ドイツ一人旅4/5>4-1ヴォルフハーゲン都市公社)の社屋を見学して、カッセルのホテルへ向かいます。
1-2 Hotel Schillerquartier ホテル・シラークヴァルティーァ
●連泊向きのエコノミー・ホテル
写真1-2-1 ホテル・シラー・クヴァルティーァ
ズバリ、素泊まり41ユーロ(5,500円)。中心部へ徒歩で行けて、無料の駐車場、無線LANがある宿。実利をとりました。レセプションは常駐していなくて、平日のチェックインは8時~12時、18時~20時とあったため、取り急ぎ午前中にチェックインするスケジュールを組みました。部屋は3階でした。
ちなみにSchillerquartierシラー・クヴァルティーァとは「シラー(改めて説明するまでもないと思いますが、ドイツの詩人・劇作家、ベートーベンの第九交響曲の合唱の詩で有名)の宿泊所」の意味。
写真1-2-2 写真1-2-3~6
左:ミニマムのビジネスホテルの造り。
右:シャワーブース、洗面台は部屋にありますが、不思議なことにトイレは各階3室で共用なんです。幸いバッティングすることが無かったのでよかった。
写真1-2-7 共用キッチン兼ダイニング 写真1-2-8 共用冷蔵庫
左:1階のキッチン兼ダイニングは自由に使ってくださいとのこと。
右:1台を3部屋で共有する冷蔵庫も用意されています。ホテルとアパートホテルの利便性を兼ね備えた仕様。一人でアパートホテルに泊まると割高になることもありますが、ここならリーズナブル。
1-3 Kassel カッセル
●グリム兄弟の古里を散策
写真1-3-1 ヴィルヘルムスヘーエ駅 写真1-3-2 カッセル中央駅
カッセルは人口約20万人の大学都市で、グリム兄弟が長く住んだ場所。
ホテルにチェックインした後、もう昼過ぎなんですが、飯より先に少し車を走らせます。
左:カッセル・ヴィルヘルムスヘーエ駅。カッセルで優等列車が止まるのはこちら。駅前には大きな路面電車ターミナルの大屋根がありました。この後宿に車を置いて、徒歩で市内観光。
右:宿から750m、徒歩8分の所にある頭端ホームを持つカッセル中央駅。優等列車が止まらないローカル駅になっていましたが、一方路面電車の地下ホームもあって、地元の大事な足のようです。
写真1-3-3 昼食 写真1-3-4 トレッペン通り
左:中央駅前のケバプ屋さんで2時半頃やっと昼食にありつけました。今日はもう運転しないので、ビールも。昼下がりの店内には私と店長だけ。店長の親族が名古屋にいるらしく、日本に行って来たよ、と盛り上がりました。
右:腹ごしらえも済んで、旧市街地の方へTreppenstr.トレッペン通りを歩いて行くと、歩行者天国沿いに飲食店が続いていて、テラスが気持ちよさそう。食べ急いだかな。
写真1-3-5 旧市街地 写真1-3-6 フリードリヒツ広場
左:旧市街地のObere Königsstr.オーベレ・ケーニヒス通りはトランジットモールなので、車を気にせず歩けます。
右:通りの南西にはFriedrichsplatzフリードリヒツ広場があり、広場に面してMuseum Fridericianumフリデリチアヌム美術館(右端の白い建物)があります。ここにも寄りたいけど、時間が無いので目的の「新ギャラリー」へ向かいます。
●カッセルの目的地その1:Neue Galerie 新ギャラリーを一年越しに訪れる。
写真1-3-7 新ギャラリー
昨年フランクフルトのドイツ建築博物館を訪れて、この建物の改造と改修を紹介したパネルがありました。2014ドイツ一人旅(3/5)>3-7フランクフルト。1877年に建てられたネオルネッサンス様式の建物を、2006年から2011年にかけて伝統の外観を保ちつつ内部を最新仕様に改造した、とあったため、実際に見てみたいと思い、今回の旅程に入れました。
外観の印象を書き出したら長くなったので、下のあとがきに回します。では館内へ入りましょう。
写真1-3-8 新ギャラリー地下のコインロッカー 写真1-3-9 新ギャラリー地下のコインロッカー
受付で、「持ち物は地下のコインロッカーに入れてください。館内の写真撮影は禁止です。」と言われ、地下へ降りたら、
(左)普通のロッカーだけ。コイン式は無いなと思い、
(右)ロッカーのドアを開けたら、内側にコインの投入口がありました。使用後はコインが返却されます。コイン式ロッカーと言えば、日帰り温泉にあるような下駄箱を想像していたので、このすっきりしたデザインには、ドイツ人のこだわりを感じます。
写真1-3-10 フランクフルト・ドイツ建築博物館にあったパネル 2014春撮影
館内は写真撮影禁止なので、フランクフルトのドイツ建築博物館にあったパネルを掲載します。同博物館は写真撮影OKでした。
戦災で被害を受けたため、館内は白一色に改造。それが逆に展示物の存在を際立たせています。展示物よりも建物を見に来たけど、左端の長い通路に並んだ、等身大の彫刻が強く印象に残りました。ひつと一つと対峙すると、今にも動きそうなリアリティがありますが、あくまで無機質。だからこそ命の大切さを感じるのかもしれません。
戦災前の壁画・天井画が描かれたモノクロ写真もあって、当時の様子が偲ばれます。
写真1-3-11 朝食パビリオン 写真1-3-12 カールスアウエ公園
左:新ギャラリーのそばに東屋がありました。調べてみると、「Frühstückspavillon朝食パビリオン。」 この付近一帯は「美しい見晴らしSchöne Aussicht」と呼ばれて、その西の端にある歴史的な点景物Staf・fage。1805年又は1815年に建てられ、この地にあったベルビュー城の庭園の構成物だったらしい。城の主は、朝日に染まる美しい緑に囲まれ、ここで朝食を食べたのかな。
右:その「美しい見晴らし」から眺めたカールスアウエ公園Karlsaue。カッセルの街並みは、西が高く、東に向かってなだらかに傾斜しています。平地なら人工的に見晴台が必要になりますが、旧市街地から見ると、更に低い公園の眺望が一面に広がる仕掛けです。
●カッセルの目的地その2:Brüder Grimm-Museumグリム兄弟博物館は閉館!
写真1-3-13
新ギャラリーの対面にグリム博物館があり、喜び勇んで行ったところ、玄関口に次のような掲示があり、ガックリとラッキーが入り交じりました。
写真1-3-14 グリムワールドの案内
掲示板には次のように書いてあります。
グリム兄弟博物館は2014年12月に閉館しました。
この夏に新しいグリムワールドがここからほど近いワインベルクにオープンします。建設現場を紹介する展示をこの建物で行っており、入口は反対側です。開館は月曜日から金曜日の10時から16時。入場無料。
まずガックリは、グリム兄弟博物館が閉館したこと。
左画像にあるように、館内にはわずかにグリム兄弟の足跡を示すテーブル状の展示が残っていました。初老のご夫婦が見入っています。
ラッキーは、建設中のグリムワールドの展示があったこと。これについては、環境と建築で紹介します(2015ドイツ一人旅4/5>4-2グリムワールド)。
写真1-3-15
●領主の庭Fürstengarten
写真1-3-16 ファシズムの犠牲者の記念碑 写真1-3-17 ファシズムの犠牲者の記念碑
左;では、せっかくだからグリムワールドの建設現場も見ておこうと、ワインベルクへ登って行ったら、途中に丸い記念碑がありました。調べたところEhrenmal für die Opfer des Faschismusファシズムの犠牲者の記念碑。
右:近づくと銘板があります。うまく訳せませんが
犠牲者に 1933-1945
生き延びた人を慈しみ、死者をいたむ
といった意味でしょうか。
写真1-3-18 ドイツ統一記念碑 写真1-3-19 ドイツ統一記念碑
更に登って行くと、Zur erinnerung an die EINIGUNG DEUTSCHLANS 1870-1871ドイツ統一記念碑がありました。裏に回ると、「Gestiftet von H. u. I. WIMMEL ihrer Vaterstadt Kassel 1898カッセル出身のヴィンメルの寄進による」と書いてあります。Wiki.de(※、独語)によれば、H. u. I. WIMMELは、Heinrich und Johannes Wimmelの略らしく(でもIとJが一致しない)、ヴィンメル一族は当時、大成功した実業家らしい。
さてこの後、グリムワールド建設現場の写真が続くべきところ、脳裏にはおぼろげながら残っていますが、写真は撮り忘れました。グリム兄弟の像を見て、旧市街地へ戻ります。
●うっかりすると通り過ぎるグリム兄弟の像
写真1-3-20 グリム兄弟の像
およそ皇帝だの芸術家だの、等身大以上に大きく立派な銅像が各地にありますが、このグリム兄弟の銅像は、台も含めて2m程度の高さ。功績からするともっと大きくてもいいみたいだけど。
●世界最古のビデオ店!?
写真1-3-21
この写真は、午前中ホテル到着前、ビデオ店があるなと思いつつ、信号待ちで車中から撮影。
写真1-3-22 写真1-3-23
旧市街地へ徒歩で戻る道中、たまたま同じ場所を再度通りました。懐かしい作品、見たことがない作品、最近の作品などいろいろなポスターがショーウィンドーに所狭しと貼ってあります。そして、
左:骨董品から新作まで20,000作品以上
右:DVD-VHS レンタルと販売 1975年創業の世界最古のビデオ店
と書かれています。  エ!40年も続く老舗店ですかね。
写真1-3-24 電停にバスが停車 写真1-3-25 ストリートパフォーマー
左:これも道すがら撮影。面電車の電停に路線バスが停まっていました。利用者側からすると、同じ方向へ向かうなら電車、バス関係ないし、乗り換えも便利そう。
右:ストリートパフォーマーはどこの都市でもよく見かけるけど、操り人形とは珍しい。
●晩飯にありつけない!
さて、ドイツ初日の晩ご飯をどうするか。実は昼過ぎ、旧市街地の商店街を歩いたときに、めぼしい所を幾つかピックアップしておきました。
左写真1-3-26はその中の1箇所。オープンエアで気持ちよさそうなレストラン。
ところが日没が遅く時間を忘れてあちこち歩き回っていたら商店街に戻って来たのが夜の8時前。もうどこも店じまい。
やっと見つけたインビス(軽食店)もキッチンを清掃中で、客もほぼ食べ終えて店のオーナーらしき人と話しているひと組だけ。


左写真1-3-27:そこへ滑り込んで、カリーブルスト(カレーソーセージ)と瓶ビールを注文。着席して食べていたら・・・、


●ドイツへ来て生ビールを飲めないなんて!
目の前に掲げてあったメニュー(左写真1-3-28)には、生ビールが書いてあります。注文カウンターに生ビールは書いてなかったハズ。慌てて注文したので、生ビールサーバーにも気づかなかったかな。せっかくなら生ビールを飲みたかった。私が飲んだのは、メニュー一番上の瓶ビール500ミリリットル2ユーロ。下の青文字で書かれているのが生ビール500ミリリットル3ユーロ。
今日のスケジュールはこれで終わりです。ホテルに帰って寝ます。
写真1-3-26 オープンエアーのレストラン
写真1-3-27 夕食カリーブルスト
写真1-3-28 メニューは生ビールも
1-4 Stendal Teil1 シュテンダールその1
ドイツ2日目は、カッセルのホテルを引き払い、シュテンダールで知り合いの大学生と合流してマグデブルク往復。マグデブルクの天気予報は晴れのち曇。最高気温20度、最低気温9度とまあまあの天気。
写真1-4-1 事故渋滞 写真1-4-2 ゲッティンゲン東サービスエリア
早朝6時過ぎ長崎外国語大学(以下「外大」という)の教室とスカイプでネット中継してドイツレポート。ホテルの朝食提供は9時からだったので、辞退して8時頃出発。シュテンダールまでおよそ290km、3時間のドライブです。
左:土曜日朝、高速7号線は事故による渋滞。トラックの後ろには3人の写真。中央のフィリップ・ラーム(バイエルン・ミュンヘン)しか知らないので、調べてみたら、左はヤクブ・ブワシュチコフスキ(ボルシア・ドルトムント)、右はアンドレア・ピルロ(ニューヨーク・シティ)。トラックはDrutexというポーランドに本社を置く、ヨーロッパ最大の樹脂サッシュとドア・メーカーのものでした。
右:20分程度の渋滞を抜けると、快調に走って、ゲッティンゲン東サービスエリアで休憩。
写真1-4-3 朝食 写真1-4-4 ゲッティンゲン東サービスエリア
左:9時半頃、朝食。固いライ麦パンのサンドイッチとカフェ・ラテ。パンにまぶされているナッツ類が香ばしい。
右:席はこんな感じ。正面はゲーム機。ドイツのありきたりの日常をこうやって迎えられることに感謝。
写真1-4-5 侯爵山パーキングエリア 写真1-4-6 侯爵山パーキングエリア
左:高速7号線から高速39号線に入りブラウンシュヴァイクを過ぎたところ、Parkplatz Herzogsberge侯爵山パーキングエリアで休憩。ゲッティンゲン東サービスエリアからおよそ130kmを1時間でした。
航空写真で見るとまだ更地なので、比較的新しい施設らしい。トイレも無人にしては綺麗でした。
右:「ゴミ」と7カ国語で書かれたゴミ箱。後ろには「Euro 6 für eine saubere Umweltクリーンな環境のためのユーロ6」と書かれた、スウェーデンの重工業会社スカニアのトラックが止まっています。ユーロ6って何だろうと思って調べたら、自動車による大気汚染物質の排出規制値を定めたEUの規定らしい。
写真1-4-7 連邦道路189号線 写真1-4-8 連邦道路189号線
左:高速39号線~高速2号線をベルリン方向へ、高速道路を30分ほど走った後、連邦道路189号線を走行中の写真。標識から「黄色い高速道路」と呼ばれ、道路の規格は高速道路並です。
右:更にシュテンダールまでは、林の中のほぼ直線の一本道を走ります。時間にして20分ほど。運転自体は楽しいものの、景色が単調なので、とても長く感じました。
写真1-4-9 シュテンダール市街地 写真1-4-10 シュテンダール駅前
左:正午過ぎ、シュテンダールの市街地が見えてきました。駅裏から跨線橋を渡って駅前に向かうコースです。
右:シュテンダール駅前。人口約4万人の都市ですが、旧市街地はもっと北にあって、このあたりは町外れなのか閑散としています。ちなみにこのページを作っている2015.7.20現在で、Wikiにシュテンダールの日本語のページはありません。もちろん日本の旅行ガイドブックにもありません。
では外大生との待ち合わせ場所の大学へ移動します。
●Hochschule Magdeburg-Stendal マグデブルク・シュテンダール大学
写真1-4-11 シュテンダール・キャンパスの配置図
マグデブルク・シュテンダール大学は、キャンパスがマグデブルクと、ここシュテンダールに別れていて、両キャンパス間は65kmほど距離があります。
もともと別々の大学を、経営効率化のために一体化したらしい。長崎県立大学の佐世保校とシーボルト校の関係でしょうか。
Wiki.de(※、独語)によれば、マグデブルクで4,400人、シュテンダールで2,200人が学び、シュテンダールの専門は経済学と応用人間科学とあります。
写真は、シュテンダール・キャンパスの配置図。中庭を囲んで、配置図下が本館、上が別館、右が図書館、左がメンザ(学生食堂)。待ち合わせの午後1時まで少々時間があったので、こぢんまりとしたキャンパスを散策しました。
写真1-4-12 校舎
この写真は、上の配置図の右上から左下に向かってカメラを向けています。左が図書館。正面奥が本館。右が別館。メンザは木々の奥。
写真1-4-13 メンザ 写真1-4-14 緑の教室
左:メンザ
右:Grünes Klassenzimmer緑の教室、と書かれた銘板がありました。実際に使われているかどうかはおいといて、ドイツだと、長く寒い冬が終わると、教室を飛び出してこんなところで勉強したくなるんですよね。
外大から留学している男子学生二人と合流してマグデブルクまでドライブ。マグデブルクまではおよそ65km、1時間。
留学中の二人は、半年間デュッセルドルフで語学研修の後、ここで大学の講義を受けています。ドイツ語で受ける大学の専門講義は大変そう。日本人はこの都市に留学生二人を含め4人だけらしく、日本との縁を絶ち切って勉強するにはいい環境だけど、逆に心細い面もあります。そんな状況で頑張っているようでした。
1-5 Magdeburg マグデブルク
マグデブルクは、ザクセン=アンハルト州の州都で、人口約23万人の大学都市。真空の実験、マグデブルクの半球で有名。大聖堂前のコインパーキングに車を停めて散策します。
写真1-5-1 マグデブルク大聖堂 写真1-5-2 聖母の修道院
左:ドイツ初期ゴシック様式のマグデブルク大聖堂。どの時点をもって完成とするかは諸説あるようですが、Wik.de(※、ドイツ語)によれば1363年。尖塔の作りなど、まだロマネスク様式の名残を感じます。中も見学しましたが、めぼしい写真が無いので割愛します。
右:大聖堂の近くにあったロマネスク様式のKloster Unser Lieben Frauen聖母の修道院Wiki.de(※、ドイツ語)によれば、現在は美術館、コンサートホールとして使われており、この都市でもっとも有名な観光スポットとあります。そんな所だとは知らず、準備不足で見逃しちゃいました。
写真1-5-3 ドーム広場 写真1-5-4 ホテル・モーテル・ワン・マグデブルク
Domplatzドーム広場の対面に、Hotel Motel One Magdeburgホテル・モーテル・ワン・マグデブルクがあります。同行した大学生の解説によると、
左:左から2棟目、このホテルのドーム広場に面したファッサードは、景観に配慮したデザイン。
右:建物の左側へ回り込むと、背後はこの写真のように現代建築。割り切りがいい。
そしてドーム広場のすぐ近くに、次の「Grüne Zitadelle緑の砦」があります。
●マグデブルクの目的地:Grüne Zitadelle 緑の砦
写真1-5-5
写真1-5-6
絵画から抜け出してきたそのままが建っているみたい。これは、オーストリアの芸術家、画家、建築家フンデルトヴァッサー(直訳すると「百水」)の最後の作品。写真で達観するより、実物で微細なディテールを丹念に観察すると造形のダイナミックさに圧倒されます。地面から生えてきたような、巨大な樹木のような印象を受けます。現代建築は大量生産できる工業製品の塊みたいなものですが、これは別物で、私のような「技術者」ではできない、芸術家フンデルトヴァッサーだからこそ。
Wiki.de(※、ドイツ語)によれば、ニコラス教会の跡地にあった旧東ドイツ時代のコンクリート造アパートを取り壊し、2005年に2700万ユーロ(約36億円)かけて建てられ、商店、劇場、ホテル、住まい、事務所、幼稚園などが入居。司教区の財産らしい。
右:同行した外大生(左)と。
写真1-5-7 写真1-5-8
公式サイト(※、独語)によれば、ガイドツアーがあります。また、上記のようにホテルにも泊まれ、予約サイトで見ると、常識的な値段なので、次のチャンスには泊まって、もっと丁寧に見てみたい。
次はエルベ川の巨大な中州にあるRotehornparkローテホルン公園へ行きます。
●Albinmüller Turm アルビンミュラー塔
大聖堂前から車でエルベ川を越えます。土曜日とあってローテホルン公園の駐車場は満杯に近く、多くの家族で賑やか。
写真はその公園にあり、1927年に完成し設計者の名前を冠した展望塔。高さ60m(ビル20階相当)の鉄筋コンクリート造のペンシルビルの上に、高さ15m(5階相当)のガラス塔が載り、ガラス塔は、夜にライトアップされるらしい。
今見るこの塔は、90年近くも経っているのに古くささを感じません。調べた限り、建築家アルビン・ミュラーとバウハウスとの接点を見いだせませんが、バウハウスと同時期なので、当時最先端のデザインを取りいれたのではと思われます。
それでは、塔の上までエレベーターで一気に登って東京ディズニーパークの2倍の広さ(注)がある200ヘクタールの公園とマグデブルクの街並みを眺めてみます。
注:東京ディズニーパーク(ディズニーランド&シー)100ヘクタール、ハウステンボス150ヘクタール。
写真1-5-9・10
写真1-5-11 アルビンミュラー塔からの眺め
エルベ川の対岸に、先ほど訪れた大聖堂と市街地が見えます。
写真1-5-12 ローテホルン公園
写真1-5-13・14
右上は公園の中にあるAdolf-Mittag-Seeアドフル=ミッターク湖。左下には、ドイツ人が好きなビーチを模した砂場Strandbarが見えます。Le Frog-Brasserie am Seeというレストランらしい。眼下には広大な公園が広がっています。
この後マグデブルク中央駅で、外大へ交換留学に来ていたマグデブルク・シュテンダール大学(マグデブルク・キャンパス)の女子大生とおちあって、お茶します(右写真の右端、左二人は同行した外大生)。私も女子大生とは顔馴染みです。日本から持参した抹茶のキットカットをお土産にあげたら、日本オリジナルなのでとても喜んでくれました。
さてどこでお茶するか。私は駅近辺の喫茶店で済ませるつもりでしたが、女子大生がおすすめのお店があるからと、駅から東へ約500mのウルリッヒ広場UlrichplatzにあるGelato Mioというアイスクリーム店へ行きました。
●パフェ最高!
写真1-5-15 写真1-5-16 写真1-5-17
左上:私が食べたMokka Becherモカ・パフェ
中央:同行の外大生が食べたSpaghetti Carbonスパゲティを模したアイス
右上:同じく別の外大生が食べたKIWI Becherキーウィ・パフェ
女子大生が注文したモノは写真を取り損ねました。
さすがに地元の人はおいしい店を知ってます。ボリュームたっぷりで濃厚なパフェを食べながら、長崎とマグデブルク、シュテンダールの話題で盛り上がりました。
この後、同行した外大生と一緒にシュテンダールへ車で戻ります。
1-6 Stendal Teil2 シュテンダールその2
●学生に戻った気分で、夜のシュテンダールを飲み食べ歩き
写真1-6-1 ルームシェアハウス 写真1-6-2 断熱改修
左上:外大生が住むWG(Wohngemeinschaft ルームシェア)。4人で住んでいて、あとの二人は中国人とヨルダン人だそうです。
左:ちょっとお邪魔させてもらったら、既存建具(シングルガラス)の内側にペアガラスの真新しい建具が追加されています。外観を保ちつつ断熱改修されているようです。
写真1-6-3 ギリシャ料理店 写真1-6-4 夕食
彼らと夕食を共にすることに。二人が自信を持って勧めてくれる、旧市街の東側にあるギリシャ料理店Restaurant Athosへ連れて行ってもらいました。
写真1-6-5 夕食 写真1-6-6 夕食
料理はボリュームたっぷりで、特に左のエビはおいしかった。ドイツ二日目にしてやっと生ビールも飲めて、夕食らしい夕食になりました。やっぱりおいしいものを食べたいときは、住んでいる人に聞くのが一番。
これだけふんだんに新鮮な食材を使った料理がドイツで食べられるなんて、EUで人・モノの動きが活発になった恩恵でしょう。
写真1-6-7 写真1-6-8 三次会
左:ギリシャ・レストランを出ると旧市街へ戻ります。とてもノリがよい二人に、私もつられてポージングして一枚。バックは市庁舎とレンガゴシック造のSt.Marien聖マリエン教会。
右:二次会じゃなかった、三次会はこのDas Herbsthaus秋の家。市庁舎が建つマルクトから西へ入ったところのあります。年中無休で午前3時まで営業。1991年に修復されたらしく、日本の「古民家」のような味のある建物に、週末とあって学生さん達で満員でした。学生時代に戻ったみたいで楽しかった。
全く土地勘が無いので、帰りは学生さん達のWGに寄って、ホテルまで徒歩で送ってもらいました。二人のホスピタリティあふれる精神に感激すると共に、長い時間ハゲオヤジに付き合ってもらい感謝です。
●Hotel Stadt Stendal ホテル・シュタット・シュテンダール
写真1-6-9 写真1-6-10 客室
シュテンダールで一泊したのは、駅前のこのホテルのシングルルーム。一泊朝食付き49ユーロ(約6,600円)。同じような内容で、ミュンヘンは中心部から離れても63ユーロだったので、観光地を避けるとリーズナブルです。
写真1-6-11 サニタリー 写真1-6-12 朝食会場
右:朝食は6ユーロ相当なので、シンプルなビュッフェ型式。
1-7 Dessau デッサウ
ドイツ3日目は、一人旅に戻り、シュテンダールを出発してデッサウまで約120kmの移動。到着地デッサウの天気予報は晴れ時々雨。最高気温18度、最低気温9度とまあまあの天気。
写真1-7-1 シュテンダール~デッサウ
シュテンダールからデッサウまでは、一般道を走ります。日曜日の朝なので、車は少なく快適な走り。
走りだしておよそ20分、地平線の彼方まで広がった大平原に、突然巨大な二つの塔が見えてきました。この写真の道路の先に小さく映っています。教会だと思われますが、いったい何だろうと思って、車を停めることにしました。一人旅だとこの気楽さがいい。
●Kloster Jerichow イェリホー修道院
写真1-7-2
牧歌的な郊外にこんなに壮大で端正なレンガ造ゴシック様式の教会があることに衝撃を受けます。公式サイト(※、ドイツ語)などによれば1172年に完成した修道院付属の教会。第二次世界大戦の終盤、西側のファッサードが米軍の砲撃によって大破し、1960年に復元されたらしい。ここまで戦禍が及んだとは驚き。
写真1-7-3 写真1-7-4
左:イェリホー修道院建物の観光整備が2012年5月に完了した、との掲示板。
右:日曜日なので、広場ではフリーマーケットが開かれていました。
レンガ造ゴシック様式の教会は北ドイツに数々ありますが、ほとんど日本に知られていない、こんなに堂々たる教会がまだあったのかと、旧東ドイツエリアの探訪に胸躍ります。では目的地のデッサウへ。
●日曜日の夕方、デッサウをウロウロ
デッサウでは、世界遺産バウハウスのガイドツアーに参加し、バウハウス本校舎に宿泊します(2015ドイツ一人旅4/5>4-3バウハウス)。
バウハウスの到着が遅くなってしまい、昼を食べる余裕なくガイドツアーに参加。ガイドツアーは1時間コースが3本あって、ツアーとツアーの間には本来休憩の時間がありますが、参加者から飛びだす質問にガイドさんが熱心に答えるので長くなってしまい、ほとんど休憩無し。ガイドツアーが終わって、バウハウス本校舎へ戻って来たのが17時過ぎ。本校舎内のカフェテリアの営業時間は、平日24時までですが、今日は日曜日なのでキッチンを閉めたとのこと。閉店18時とありましたが、オーダーストップらしい。仕方なく日曜日の夕方なのでいやな予感がしましたが、せっかく来たのでデッサイウの市街地へ行ってみることにしました。バウハウスからデッサウ中央駅までおよそ500m、徒歩6分。駅前から路面電車に乗ります。
写真1-7-5 デッサウ中央駅 写真1-7-6 ラートハウス・センター
左:デッサウ中央駅前。線路は路面電車です。バウハウスのガイドツアー・チケットには路面電車の1日乗車券が含まれているため、乗ってみることにしました。
右:駅前から二つ目のHauptpost(中央郵便局)で降りると中心部。ガイドブックによれば、ここがラートハウス・センターRathaus Centerという大きなショッピング・センターで、この奥に市庁舎があるとのこと。予想通り商店街は静まりかえっています。ドイツの日曜日は、日本の元旦みたい。つまり日本の元旦の静寂が毎週訪れると理解してもらえれば、当たらずとも遠からず。
路面電車の車窓から見えたホテルのレストランは開いているようですが、敷居が高そうなのでパス。そそくさと中央駅へ戻ります。
写真1-7-7 アンハルト劇場 写真1-7-8 サブウェイで夕食
左:路面電車の車窓から撮影。調べてみると、Anhaltisches Theaterアンハルト劇場。客席1,100で、ドイツでもっとも大きい回転ステージがあるらしい。
右:中央駅構内のサブウェイで何とか夕食にありつけました。写真は私が注文した30cm。普通なら半分の15cmで十分ですが、ガイドツアーを優先し、お昼を食べ損ねたので、夕方に30cmを食べました。
バウハウスで見る日の出と、連邦環境省のカフェテリアで朝食
写真1-7-9 宿泊したバウハウスのアトリエ棟から見えた日の出 ジャスト午前6時
写真1-7-10 写真1-7-11
翌朝、ジャスト午前6時、泊まった部屋から日の出を見ることができました。この後すぐに雲に隠れてしまったので、ホンの一瞬の出来事。
泊まった記念に、バルコニーの印のところで本館をバックに記念撮影。
写真1-7-12 環境省のカフェテリアで朝食 写真1-7-13 ローカル私鉄の旧駅舎
左:朝食は、早朝から見学に行った連邦環境省(2015ドイツ旅行4/5>4-4連邦環境省)のカフェテリアで。これでたった5.15ユーロ(約700円)。一番客だったので、広い食堂には私だけ。窓の外にはビオトープが広がっていて、とても爽やかな気分で頂きました。
右:連邦環境省のそばに、Wörlitzer Bahnhofベルリッツ駅と書かれた重厚な駅舎だけが残されています。実は左写真の窓の外、ビオトープの左前方にこの駅舎の反対側(ホーム側)が見えます。軌道は撤去され、ホーム上屋は自転車置き場になっています。
調べてみるとローカル私鉄の旧駅舎で、駅機能は300m南西にあるドイツ鉄道のデッサウ中央駅へ統合し、駅とガス工場の跡地に連邦環境省が造られたらしい。
ローカル私鉄は、デッサウからヴェルリッツを結んでいて、二階建てのオシャレな気動車が走っているようです。公式サイト(※、ドイツ語)。
ヴェルリッツには世界遺産ヴェルリッツ庭園王国があって、昨年レンタカーで訪れました(2014ドイツ旅行>2-6ロストックまで)。行けば行くほど新しい発見があって、次に行くチャンスがあれば乗ってみたい。
1-8 Wismar ヴィスマール
ドイツ4日目は、デッサウを出発し、ヴィスマールで知人が担当する日本語講座に参加して、ロストックまで。ロストックの天気予報は雨のち曇。最高気温9度、最低気温6度とほぼ長崎の真冬並みに近い気候。
ヴィスマールまでは、ポツダムやベルリンをかすめながら340km、3時間半のドライブです。
●ヴィスマールまでの道のり
写真1-8-1 デッサウの中心部.カヴァーリアー通り
いつも高速道路の写真ばかりではつまらないので、出発してすぐ、デッサウの中心部Kavalierstr.カヴァーリアー通りの信号待ちで撮影した写真を掲載します。前方に見える塔が気になって調べてみると、もともと修道院だった所に、1847年ローマにあるSt.Spirito病院の塔を見本に高さ40mの塔が完成。1902年に市の所有となり、1927年以来Museum für Naturkunde und Vorgeschichte自然史と先史博物館として使われているらしい。
写真1-8-2 高速10号線パーキングエリア 写真1-8-3 旅行専用ゴミ箱
左:走り出して1時間ほどして、通称ベルリナー・リングといわれる高速10号線のPhöbenとLeestの間の、Autobahnatlas(※、ドイツ語)にも掲載されていない名もなき小さなパーキングエリアで休憩しました。写真右にゲートが見え、「Inselbistroアイランドビストロ」と書いてあり、気になって写真を撮ってきました。
調べたところゲート先の林を50mほど歩いて抜けると視界が開けてImbiss Inselbistro(住所:An der Havel Werder (Havel))というファストフード店があるらしいこちら(※、ドイツ語)に航空写真があります。でもこんな大陸の中で「アイランド」とは、と思って、この航空写真を広域にしていくと、Grosser Zernseeグローセル・ツェルン湖という大きな湖とSacrow-Paretzer-Kanalザクロー=パレッツァー運河に囲まれた「島」でした。この一帯はポツダムの西のWerder(Havel)ヴェルダー(ハーヴェル)という森と湖に囲まれた人口25,000人の都市らしい。調べれば調べるほどアイランドビストロに寄らなかった事を悔やみます。次回は是非寄ってみたい。
右:パーキングエリアのゴミ箱には「Nur für Reiseabfälle旅行ゴミ専用」と書かれています。日本でも「家庭ゴミ持込禁止」と掲示があったりしますが、どこも悩みは同じようで。
写真1-8-4 プリグニッツ東サービスエリア 写真1-8-5 昼食
更に北へ1時間ほど走って高速24号線のRaststätte Prignitz-Ostプリグニッツ東サービスエリアで昼食にしました。
更に雨の中、高速24号線をハンブルク方向へ走ります。高速24号線は、ベルリンとハンブルクを結ぶ幹線なので、交通量は多め。トラックも多く走っています。
写真1-8-6 高速14号線 写真1-8-7
プレーブボヴェル湖東パーキングエリア
左:途中で高速24号線から高速14号線に乗り換え、ヴィスマール方面へ向かうと、交通量は極端に減少し、雨も上がり、しかも車はアウディのA6だから快適過ぎるドライブ。速度無制限で無料の道路を高性能車の能力を十二分に活かして走ると、日本の高速道路とは別次元のファン・トゥ・ドライブ。
右:ヴィスマールの到着前、高速14号線Pröbbower See Ostプレーブボヴェル湖東パーキングエリアでトイレ休憩。町中に入ってしまうとトイレを探すのが大変なので、用足しできることで済ませておきます。
●世界遺産 ヴィスマールの旧市街
ヴィスマールは、バルト海に面した人口約4万人の小さな港湾都市。旧市街は世界遺産「シュトラールズント及びヴィスマールの歴史地区」で、かつてハンザ同盟都市だった栄華を感じます。
写真1-8-8 マルクト広場と給水塔
知人との待ち合わせ場所であるマルクト広場に到着。この広場はきっかり100m×100mの正方形だそうで、広場の周囲はパーキングチケットの駐車場になっています。空きが無くて広場の周囲を2周ほどグルグル。
正面は、1602年に造られた給水塔。左端にはヴィスマールで最も古い1830年に建てられたレンガ造ゴシックの建物が写っています。現在はRestaurant Alter Schwedeアルター・シュヴェーデというレストランとして使われているとのこと。
時々小雨がぱらつく天気ということもあって、さすがにバルト海まで北上すると肌寒く感じます。
写真1-8-9 市庁舎 写真1-8-10 カールシュタット発祥の地
写真1-8-11
写真1-8-12
左:マルクト広場に建つ1819年築の市庁舎。
右:知人とおちあったあと、旧市街を少し散策しカフェ兼パン屋さんでお茶しました。その道すがら教えてもらったのがチェーン百貨店カールシュタット発祥の地。
恐らくドイツに滞在経験があれば、知らない人はいないだろうと思われる百貨店カールシュタット。その発祥の地は、ここヴィスマールだそうです。本部は、現在エッセンにあるらしい。
その後、地元の大学へ行き、知人が担当している日本語講座で、この日の内容が「名刺を交換し、名刺に書かれている電話番号を読み上げる」というテーマだったので、実際に日本から私の名刺を持参して名刺交換するシーンでお手伝いしました。講座登録者は10数人いるらしいのですが、この日は5人。
知人のドイツ語による講義を聴いていると「日本語や文化等について、ドイツ語で説明する」ことについて、知人のたゆまぬ努力を感じます。
長崎観光連盟提供による英語の長崎観光パンフと、ドイツの新聞に掲載された長崎の観光ガイドの記事を持参して、長崎を紹介してきました。
この日は、ロストッックの知人宅で夕食を共にし、1泊させて頂きました。
1-9 Nachwort あとがき
写真1-9-1
●夜行便でドイツを目一杯楽しむ
例年のドイツ旅行は、昼前に日本を発ち夕刻ドイツ着。ホテルへ移動し夕食を食べたら一日の終わり、という行程でした。
それを今回は、12時間ほど前倒ししして、深夜に日本を発ち早朝ドイツ着。1日もうけた気分。時差ボケで運転が眠いのではとの心配は杞憂でした。機内でしっかり寝ることができれば、時差ボケほ無視できるレベル。写真は、フランクフルト国際空港で飛行機を降りて直ぐ、午前5時36分の撮影。毎年ドイツ到着直後は、時差ボケで昼夜逆転したような生活が数日続きましたが、今回は直ぐに地元の時間に慣れました。
結局、どの時間帯をどこで楽しむかでしょう。フライトも楽しみの一つなら昼間便がおすすめ。長時間の国際線は退屈しない工夫が多く、封切られたばかりの映画など用意されていて、座席ごとにあるディスプレイで楽しめます。上空から眺めるシベリアの白一色の大地やスカンジア半島の入り組んだフィヨルドも格別です。
一方、現地を最大限楽しむなら今回乗った夜行便がおすすめ。
●改修の苦労を感じるカッセル・新ギャラリー
写真1-9-2
大きなアーチ窓に、はめ殺し建具が入っています。新築なら施工精度が高いので、設計図書に従って全て同じサイズの建具を用意すればかまわないと思います。
一方改修となると、同じサイズの開口部に見えても、建築当時の施工精度や経年によって開口部が変形してきたりしているだろうから、全ての開口部のサイズを測った上で、少し小さめの建具を作り、建具と開口部の間にモルタルなどの詰め物をして調整することになります。但しあまり小さく造りすぎると、間のモルタルが目立って見かけが悪くなるし、雨仕舞いも手間がかかりそうで、理想は個々の開口部に合わせてオーダーすること。但しこれだと手間も費用も半端なさそうで、折り合いの付け方が難しい。
雨仕舞いも大変そう。新築なら、壁・開口部・建具など総合的に考えて、もっとも適切な仕様・施工方法など、いわばマニュアルがあるので、それに従えば間違いはありません。しかし「古いく体」に、建具側だけで対応しようとすると、技術的な難易度はグンと上がります。
大きなガラスにひびが入った窓がひとつありました。台風とかが来るような場所じゃないので、恐らく構造的に無理な力がかかっているのでしょう。改修の難しさが想像できます。
ここで取り上げたのは建具だけですが、内部仕上げ、設備など、改修の苦労は想像するだけ尽きません。改修計画を練った方にインタビューしてみたいものです。
写真1-9-3 ルーテル教会
●カッセルにはまた行きたい
実は2012年夏の家族旅行で、カッセル郊外のホテルに宿泊したし(2012ドイツ家族旅行その1>1-2ベストウエスタン・グランド・シティホテル・カッセル)、2014年春の一人旅ではカッセル郊外のイケアに寄りました。でも旧市街へは、30数年前の語学研修時も含めて、今回が初めて。カッセルは戦災復興で、全く新しい町づくりを行ったため、観光の優先順位は下がります。それでも、今回訪れた以外に、世界遺産ヴィルヘルムスヘーエ公園、オランジェリーという城があるカースルアウエ公園、それに今回は建設中だったグリムワールドも見所なので、チャンスがあれば、また訪れたいものです。
右は中心部に残る戦災を免れたルーテル教会の塔Der Turm der Lutherkirche von 1897。被災した本堂は再建されず、残った塔はカフェとして使われています。
写真1-9-4
●サブウェイの30cmは、ドイツ人には普通サイズ
料理は「倍の量」で出てくると身構えておけばまず間違いないので、サブウェイの30cmも私にはかなり食べ応えがありましたが、ドイツ人には普通サイズでしょう。値段は15cm+2.5ユーロ=30cm。例えばChicken Teriyakiチキン照焼15cm4.49ユーロだと、30cmは2.5ユーロプラスの6.99ユーロ。
帰国後、佐世保五番街のサブウェイに行ったら15cmしかないので、「30cmは」と尋ねたら、単純に15cmの2倍の値段になるとのこと。
だから2倍にはならないドイツはお得。
例えば、友達と二人で行って、同じ味でよければ、30cmを頼んで半分づつ分け合えば割安。しっかり食べたいときでも、二人で別々の30cmを頼んで、半分づつ交換すると、二つの味が楽しめます。2015.8.1掲載
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