Eine Deutschlandreise 2014 ドイツ旅行 (2/5)
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Inhalt 目次
1 Süddeutschland 南部ドイツ
2 Norddeutschland 北部ドイツ
3 Rheinland ラインラント
4 Umwelt und Architektur 環境と建築
5 Deutsch und Kultur ドイツ語と文化
2 Norddeutschland 北部ドイツ
2-1 Bis Wernigerode ヴェルニゲローデまで
2-2 Garni-Hotel Alt Wernigeröder Hof ガルニ・ホテル・アルト・ヴェルニゲレーダー・ホーフ
2-3 Wernigerode ヴェルニゲローデ
2-4 Harzer Schmalspurbahnen ハルツ狭軌鉄道
2-5 Schloss Wernigerode und Walpurgisnacht ヴェルニゲローデ城とヴァルプルギスの夜
2-6 Bis Rostock ロストックまで
2-7 Rostock ロストック 
2-8 Nachwort あとがき
2-1 Bis Wernigerode ヴェルニゲローデまで
ドイツ5日目、これから北ドイツへ向かいます。途中カッセル、ゲッティンゲンに寄り道し、風力発電の先進地ダルデスハイムを見学してヴェルニゲローデまでおよそ400kmのドライブ。到着地に近いブラウンシュヴァイクの天気予報は晴れ、最高気温20度、最低気温8度。
写真2-1-1
ドイツへ着いて今日走るコースをチェックしていたら、コース上に以前から行ってみたいと思っていたイケヤや、かつて滞在したゲッティンゲンがあることが分かり、日本を出発する時点では予定に無かったものの寄り道することに。
8時前、ローアを出発。直ぐにハプニング。乗るべき高速のインターを通り過ぎてしまい、ナビに従って次のインターまで暫く一般道を走ります。これが思いのほか楽しいドライブ。小雨交じりで天候はすぐれませんでしたが、あまりに美しい景色、走りやすいスカスカの道に溜息が出ます。
写真2-1-2 写真2-1-3 カッセル・イケア
左:高速道路に乗ったら、風力発電機が見えました。でもこれは支柱が違う。鋼管ではなく、送電線のように鉄骨が組み立ててあります。後日知人に尋ねたら、風車が巨大化してきて、鋼管だと運びにくくなり、このように現場で組み立てる方式になってきたとのこと。
右:カッセル郊外のイケアに10時半頃到着。この頃にはすっかり晴天。なおドイツ語の発音でもおおむね「イケア」です。
日本の西の果てに住んでいるので、イケアは日独通じて初体験。イケアに行かれた方はよくご存じだと思いますが、まず2階にテーマ別の手の込んだディスプレイが複数あり、部屋毎このままそっくり持ち帰りたいと思わせるような洗練された展示。そこでしっかり欲しいモノを選んでおいて、1階に下りて一般的なホームセンターのようなところでお目当ての商品を手に取ってレジへ向かいます。
妻へのお土産としてマグカップを買いました。車でそのまま日本へ帰ることができるなら、もっと大物も買えるんだけど。
2階には名物のレストランがあります。朝食をしっかり食べたので、昼食は簡単に済ませたかったことと、11時半にイケアを出発したので、メニューは眺めるだけに。
ところでカッセルには2年前の旅行でも郊外のホテルに泊まりました(2012ドイツ旅行その1>ベストウエスタン・グランド・シティホテル・カッセル)。そのときもグリム兄弟博物館など観光地巡りはしていないので、いずれ訪れてみたいものです。
写真2-1-4 昼食タイム 写真2-1-5 ゲッティンゲン
左:高速道路のパーキングエリアで昼食。
貧乏旅行の欲深さから、朝は少なくとも払った分だけは元を取ろうとしっかり食べたので、昼は軽く、ハムなどをはさめたパン。紫のパッケージは、チョコレートでお馴染みのミルカのチョコヴァファーChocoWafer。チョコとワッフルがサンドイッチになっています。甘党の私に最適な食後のお菓子と言うより、こっちがメインデュシュかも。日本へ買って帰りたいなと思いつつ、その後スーパーなどで見つけきれませんでした、と言うか、食に対するどん欲さが足りないので、単に熱心に探さなかったということだけ。やっぱりグルメにはなれそうにないですね。あと写真には、ボルヴィックの炭酸無しミネラルウォーターと、その背後に今回借りたレンタカーのベンツが写っています。
右:ゲッティンゲン市内へ入ってきました。こんなに緑が多かったっけ、と記憶の不確かさに愕然とするとともに、二十歳そこそこでは気づかない都市の魅力かな。
●かつて学んだ語学学校を30数年ぶりに訪ねる

写真2-1-6 30数年前(ビフォー)
写真2-1-7(アフター)
ゲッティンゲンのゲーテ・インスティチュート。シュべービッシュ・ハルで4ヶ月ドイツ語を学んだ後、夏休みを挟んで、ここで半年間ドイツ語を学びました。それ以降ご無沙汰だったので、30数年ぶりの訪問です。昔と変わらない佇まいに嬉しくなります。ただよく観察すると、当時建物を覆っていた風情あふれるツタが、今は取り払われています(もしくは枯れたかも)。ツタが張ってもいいような対策をしておかない限り、ツタの根が外壁のわずかな隙間に侵入し、建物の耐久性を損ねるため、致し方ないですね。
写真2-1-8 校舎 写真2-1-9 学生寮
左:これが校舎。この建物は私が学んだ当時100年程経っていて、少なくともまだ100年は持つと、学校長が言っていました。
Wide.de(※、独語)によれば、この建物はフリチョフ・ナンセンハウスFridtjof-Nansen-Hausといい、1900年に織物メーカーの経営者フェルディナント・レビンが建て、1930年代にゲティンゲン市が買い取り著名人の公舎に。そしてノルウェーの動物学者フリチョフ・ナンセンにちなんで呼ばれるようになったとのこと。1953年に増築され、1972年以来ゲーテ・インスティチュートの校舎。
右:校舎の右手には校舎と棟続きになった学生寮があります。学校の食堂では朝・昼提供されるので、夕食を除いて敷地内から出なくてもよいので、極寒の冬場はありがたかった。

写真2-1-10 30数年前

写真2-1-11 30数年前
当時撮影した内部の写真を見ると素晴らしい。ステンドグラスに加え、ロココ調の豪華なシャンデリア。彫りの深い階段手摺り。この建物が日本にあれば重要文化財級ですね。当時は、そんな価値ある建物とも思わず、学友達と騒いでいたものです。
さて、当時の写真などを携えて事務室などを訪問すれば歓迎されたことでしょう。でも何せ急遽思い立ったため、外観の写真を撮っただけで次へ向かいます。
写真2-1-12
ゲッティンゲンから高速7号線に乗り、その後一般道へ。途中世界遺産ゴスラーの近郊を通りながら東へ。新緑の美しい景色が次々と目の前に現れ、交通量が少ない整備された道路をマイペースで走る。まさに自動車メーカーのキャッチコピー「Fun to drive」を体現するような、楽しすぎるドライブにいつまでもハンドルを握っていたい気分です。
ちなみにBMWなら「Freude am Fahren(駆け抜ける喜び、と訳されている)」。高性能車が欲しくなるのも当然の成り行きみたい。
なお、フロントガラス越しにシャッターを切っているため、ガラスの反射やガラスに着いた汚れが写っています。ご了承ください。
写真2-1-13 写真2-1-14
左:あと10kmほどで目的地に到着という時点で、とある集落が見えてきました。
右:通過するだけのつもりが、木組みの家の町並みが美しくて、運転席から夢中でシャッターを切りました。こうやって旅行記を作りながら写してきたものを調べてみるとオスターヴィークOsterwieckという、東西分断時は国境そば、つまり東ドイツの辺境の地だったところ。結果的に経済発展から取り残されて、Wiki.de(※、独語)によれば、ドイツでもっとも美しい木組み家の町並みが残る中世都市のひとつとあります。
写真2-1-15 写真2-1-16
左:ナビはこんな路地みたいな中心部の石畳の道を示します。車で通りすぎるだけじゃもったいない。日本人観光客であふれるロマンチック街道ではなく、こんな日常空間を徒歩でゆっくり散策し、地元民しかいないカフェで休憩すると楽しそう。
右:郵便局の看板が架かった建物。日本ならさしずめ文化財級と言えそうなルネッサンス風の立派な建物。
写真2-1-17
目的地のダルデスハイムに14時過ぎ到着。詳しくは2014ドイツ旅行4/5>ダルデスハイム(先人の苦労が実った旧東ドイツの風力発電先進地)で。
写真2-1-18
ダルデスハイムを後にし、田園風景が地平線の彼方まで広がる並木道を約20km、今日の宿泊地ヴェルニゲローデへ向かいます。道路両側の並木は、冬場に雪が積もっても、道路の位置を示してくれます。そして一面の菜の花畑。後日知人に尋ねたところ、バイオ燃料にするらしい。
2-2 Garni-Hotel Alt Wernigeröder Hof ガルニ・ホテル・アルト・ヴェルニゲレーダー・ホーフ
●ビュッフェ式朝食が自慢の中級ホテル
写真2-2-1 写真2-2-2 客室
15時前、ヴェルニゲローデの宿に到着。無料の駐車場、Wi-fiがある宿を、Booking.comで事前に予約。シングルルーム1泊朝食付き60ユーロ(約8,400円)の中級ホテルに2泊します。私が泊まった左手の新しい増築棟は、ご覧のように室内・設備ともきれいでした。
写真2-2-3 客室 写真2-2-4 サニタリー
左:客室。右にシングルベッド、左にデスクやテーブル。
右:サニタリーにも窓があり、明るい雰囲気。では荷物と車を置いて、旧市街地へ散策に行きます。
2-3 Wernigerode ヴェルニゲローデ
●ハルツ地方を代表する古都
写真2-3-1 市庁舎 写真2-3-2
左:写真正面の市庁舎は、絵本の挿絵そのまま。おとぎの国の建物みたい。市庁舎前のマルクト広場は観光客であふれています。でも、東洋系の人は全くと言っていいほど見かけません。
右:木組みの家が建ち並ぶショッピングストリートは歩行者天国。
佐世保のハウステンボスは、本物とみまがうような精巧なオランダの町並み。日本に居ながらにして手軽にヨーロッパ気分を楽しめます。一方ここの適度な市街地広さはテーマパーク・サイズなので正真正銘本物の「テーマパーク・ドイツ村」みたい。入場無料ですよ(笑い)。
写真2-3-3 城 写真2-3-4 夕食
左:市街地の建物の間から、丘の上にそびえる重厚な城が見えます。城には明日登る予定です。
右:夕食は市街地中心部のインビス(スタンド売店)の店頭で。瓶ビール2.8ユーロ、ソーセージとパン3ユーロ計5.8ユーロの夕食。質素ですが、青空のもと、爽やかな気候と中世都市の雰囲気の中でいただけるだけで十分満足。ちなみに今日は誕生日と結婚記念日でした。
写真2-3-5 駅前の公園 写真2-3-6 中心商店街 
翌朝、朝食前に6時半から30分ほど散歩。気温は5度ほどなので、歩き続けないと寒いくらい。
左:町の玄関口でありながら、駅前の公園は広々としていて緑にあふれ、絶好の散策コース。
右:この時間は中心部もひっそり。ツンと張りつめたすがすがしい空気の中、閑散とした美しい木組みの家の町並みをブラブラと散策。欧州映画の時代劇オープン・セットを独り占めした気分は、日常では味わえない旅行の醍醐味。
写真2-3-7 車止め 写真2-3-8 空家
写真2-3-9 駅前で撮影
左:散歩で見つけた車止め。中心部は許可車のみ乗り入れ可能なようです。許可車がここへ近づくと、車からのリモコン操作で3本の車止めのうち真ん中の1本がスーと路面まで下がり、道路左手のポールにある赤信号が青に変わって、車が通れます。シンプルですっきりしたデザインでいいな、と思いつつ、大雨・台風などで浸水することも多い日本だと、機械仕掛けを地中に埋め込む事は、後々のメンテナンスが大変だろうから、なかなか採用しずらいなと思います。
右上:外壁の塗装は落ち、ガラスが破損した窓には合板が張られ、無残な姿の空家。旧東ドイツではこのような建物をイヤと言うほどよく見ます。この建物の外壁は、1階が下見板、2階が押縁縦羽目板(おしぶちたてはめいた)。そして羽目板の一番下はV字型に切り込んでデザインされています。この写真ではわかりずらいので、駅前で撮影した写真を掲載します(右横)。この建物は1階と2階の外壁の色が違うので分かりやすいでしょ。
写真2-3-10 1泊目の朝食 写真2-3-11 2泊目の朝食
ヴェルニゲローデには2泊したので、2回分のビュッフェ式朝食をまとめて掲載します。朝食会場には高齢の団体さんが多く、こんなに泊まっていたのかと驚き。
1泊目の左端に写っている赤い三角は「スイカ」。まさかドイツでスイカが食べられる時代になろうとは。知人に後日尋ねたところ、EUになって、スペイン、ギリシャなどからいろんな野菜・果物が入ってくるらしい。朝食会場で私より10才ほど年上の日本人女性をお見かけしお話ししたら、ドイツだけを2週間ほど一人で旅行しているとか。アレレ、どこかにもそんな人がいたな(笑い)。この宿は、ビュッフェ式朝食の品数が多いとネットで評判だったので選んだとのこと。なるほど、無料の駐車場とWi-fiで選んだ私とは目の付け所が違う。確かにこのホテルの朝食ビュッフェは品数が多過ぎてどれを選んでよいか分からないくらい。これまでの食事と見比べて分かるとおり、朝昼晩でここの朝食が一番豪華です。
2-4 Harzer Schmalspurbahnen ハルツ狭軌鉄道
ドイツ6日目は、ホテルに車を終日置いて観光。まずハルツ狭軌鉄道でハルツ山地の最高峰ブロッケン山(1,142m)まで往復。昼すぎから「ヴァルプルギスの夜」の祭りで賑わうヴェルニゲローデの市街地や城を回ります。当地に近いブランシュヴァイクの天候は晴れ、最高気温22度、最低気温6度の予報。これから登るブロッケン山頂の天候は、最高気温12度、最低気温3度の予報。山頂は九州の真冬並なので、持参した防寒着を着込んで行きます。
ブロッケン山は、「ブロッケン現象」で知られるように、年間300日も霧に覆われると言われていますが、今日は視界が開けそう。また山頂ではドイツの伝承で魔女の酒宴が今晩催されるらしい。魔女と会えるかな(笑い)。
●蒸気機関車の登山鉄道でブロッケン山へ
駅にあったパンフレットによれば、ハルツ狭軌鉄道は、この地方に140.4kmの路線を持ち、年間乗客数110万人、軌道幅1mの地方鉄道。蒸気機関車(以下「SL」という)25両、ディーゼルカー10両、ディーゼル機関車12両。つまりSLが日常の足として動いています。今日は、ヴェルニゲローデからブロッケン山頂まで片道34kmをSLが牽引する列車で往復。往復乗車券35ユーロの旅です。
写真2-4-1 ヴェルニゲローデ駅全景
まずヴェルニゲローデ駅の左手、新しい跨線橋の上から、順光となる前日の夕方に撮影した写真。
左側はドイツ鉄道、1,435mmの標準軌が延びています。中央から右側がハルツ狭軌鉄道。SLが数両見え、1,000mmの狭軌で日本の在来線の軌道幅1,067mmとほぼ同じ。但しここの機関車と客車の大きさは日本の2/3くらいで小ぶり。
つまり両者の駅は隣同士ですが、軌道幅が異なるので、相互乗り入れはできません。
写真2-4-2 写真2-4-3 
左:これも前日の夕方。上の写真2-4-1の中央付近を、駅そばの踏切から撮影。数機のSLが一日の仕業を終えて休んでいます。
右:さてここからが当日。ハルツ狭軌鉄道のヴェルニゲローデ駅。写真には右手にあるドイツ鉄道のヴェルニゲローデ駅が一部だけ写っています。
写真2-4-4 写真2-4-5
左:駅構内には、見晴台があって機関区を間近に見ることができます。手前にはターンテーブル。燃料の石炭は石炭列車が・・・と思い込んでいたら、なんと大型トラックが運んできていました。
右:見晴台からカメラを右へ振ると、多くのSLが。
写真2-4-6
駅に掲げてあった路線図。中央上のヴェルニゲローデ(標高234m)からドライ・アンネン・ホーネDrei Annen Hohne(同540m)まで15km、37分。そこから左へ分岐してブロッケン山頂駅1,125mまで、高低差585m、19km、51分。分岐駅のドライ・アンネン・ホーネから山頂まで、決して単機のSLにとっては楽でない平均30パーミルの連続した上り坂を、表定速度22.4kmで8両の客車を従えて力強く登ります。
写真2-4-7 写真2-4-8
左:ヴェルニゲローデ駅は頭端式ホームで、今から乗る8:55発ブロッケン山頂駅行きの列車が待っています。2014年夏シーズンの時刻表によれば、ブロッケン山頂行きは一日11往復。全てSLが牽引する列車です。
右:出発してしばらくすると、女性車掌が検札に回ってきました。車内は平日の一番列車なので、ボックスシートに一組ずつくらいの乗車率。
写真2-4-9 写真2-4-10
左:分岐駅のドライ・アンネン・ホーネを過ぎると、いよいよ登山鉄道の雰囲気。晴天でラッキー。SLはドラフト音を響かせて力行。ウズウスして、客席におとなしく座っていることができず、SLに近い1両目のデッキに出ずっぱりで、新緑のすがすがしい景色の中、生き物のようなSLが醸し出す、懐かしい石炭のにおい、心揺さぶるジョイント音に感動のあまり涙が出てきてしまいました。唯一の失敗は、ベジューのジーパンを履いていたこと。幸い煤煙はそれほどでもなくて(ネット検索すると、「高質炭を使うので昔ほどの黒煙を上げているわけではありません。」とありました)、汚れずに大丈夫でした。でも次は黒いボトムスをはいて万全を期すぞ(笑い)
右:目指すブロッケン山頂が見えてきました。これなら山頂からの眺めも楽しめそう。
写真2-4-11 写真2-4-12
左:ブロッケン山は独立峰なので、最後は山を一回りして山頂駅に10:36着。1時間41分のSLの小旅行でした。もっと乗っていたかったな~。
右:ホームから運転台を見ると、丁寧に手入れされていて、大切に使われている事が分かります。
写真2-4-13 写真2-4-14
左:折り返し10:51発の下山列車を見送ります。客車から離れたSLは機回し線に入って、列車の反対側に出て、頭から連結、後進牽引で下っていきます。私は1時間ほど山頂を散策して、次の列車で下ります。
右:山頂付近を一周する遊歩道があります。ガイドブックによれば悪魔の説教壇と魔女の祭壇Teufelskanzel und Hexenaltar。
写真2-4-15 写真2-4-16
左:予想通りの気温で寒かったけど、晴天で360度視界が広がりすばらしいパノラマ。山の中腹には今まさに山頂へ向かって力走するSLの勇姿も見えます。
冷戦時はちょうど東西ドイツ国境にあたり、山頂は東の国家秘密警察レーダーサイトで、一般人は立ち入れなかったそうです。当然私が乗ってきたブロッケン線も休止していたとのこと。
右:山頂には博物館、宿泊施設などもあります。博物館では魔女のコスチュームを着た館員がお出迎え。
山頂を1時間ほど散策して、下り列車に乗ります。
動画2-4-17
まばらな乗客を乗せた列車は山頂駅を11:36に出発し、次駅シールケSchierkeの間にある信号所で山頂へ向かう列車を待避します。上り坂を驀進しながら通過するSLの勇姿と可愛い客車をご覧ください。
一方、下山列車は山頂へ向かう列車を待つしかないでしょうね。この急勾配で山頂へ向かう列車が停まったら、満員だと再始動できないかも。
山頂へ登る列車にいた30才前後の二人連れ日本人男性と、下山列車でも乗り合わせたので、お話ししたら、マンハイム在住のビジネスマン。ドイツを中心にこのような列車を乗りに回っているとか。羨ましい。
動画2-4-18
分岐駅のドライ・アンネン・ホーネまで降りてきました。左から12:40発アイスフェルダー・タールミューレEisfelder Talmühle行き。中央はこれからブロッケン山へ登る12:45発の列車。右は私が乗っているヴェルニゲローデへ下る12:53発の列車。いずれもSLが牽引します。3機のSLがそろい踏みする風景が日常なんて信じられない。動画はアイスフェルダー・タールミューレ行きの出発。最後尾の貨車みたいな天蓋無しオープン車両に乗ってみたい。動画には可愛い魔女も写っています(笑い)。
ところでアイスフェルダー・タールミューレEisfelder Talmühleを逐語訳すると、「氷原の谷の水車小屋」でしょうか。
写真2-4-19 写真2-4-20 
写真2-4-21
左横:車掌さんが検札と共に、手提げかごに赤い小瓶を持って車内販売をしています。1本買い求めたらシールカー・フォイヤーシュタインSchierker Feuerstein(シールケの火打ち石)というハーブリキュール(飲んでしまった後の空き瓶でゴメンナサイ)。ハーブリキュールといえば、ドイツではイェーガー・マイスターが有名ですが、調べてみると、この赤瓶はハルツ地方に数多くあるハーブリキュールの中でも代表選手らしい。
左上:下りは最後尾の客車で、右に左にと姿を表すSLを見ながら・・・と書くべきところ、このお酒をちびちび飲んで、ほろ酔い気分でほとんど居眠り。
右上:ヴェルニゲローデ駅の一つ手前ヴェルニゲローデ・ヴェステントア駅Wernigerode Westentor(ヴェルニゲローデ西門)で、13:30に下車。旧市街地を散策しながら一旦ホテルに戻り、「ヴァルプルギスの夜」の祭りへ。
2-5 Schloss Wernigerode und Walpurgisnacht ヴェルニゲローデ城とヴァルプルギスの夜
●魔女伝説のお祭りが城と市街地で開催
写真2-5-1 ヴェルニゲローデ城
市街地の外れの小高い丘の上にある城まで、遊園地にあるような列車風の観光用ミニバスもありますが、徒歩で目指します。
写真2-5-2 写真2-5-3
左:緑に包まれた整備された遊歩道。これなら気分爽快で上り坂も楽しい。
右:市街地の外れからこの門まで10分ほど。今日は城でも、ヴァルプルギスの夜関連のイベントがあるようです。
写真2-5-4 写真2-5-5
左:門をくぐって城の中庭まで城をほぼ1周する通路があり、アンティークの出店が並んでいます。
右:やっと中庭に出ました。城内は博物館で、今日は自由に見学できました。
写真2-5-6 写真2-5-7
左:博物館には19世紀の伯爵家の生活の様子が展示されています。
右:城から見る市街地は、恐らくその伯爵が見た景色と変わっていないだろう、と思われる伝統的な美しい町並みが広がっています。
写真2-5-8
博物館の見学を終えて、前庭のイベント会場へ。中世の時代劇を見るような情緒。舞台がこれまた歴史ある城なので、最高のお膳立て。
写真2-5-9 写真2-5-10
左:こちらでは、もっとも可愛い魔女を選ぶ催しが開かれていました。
右:カメラを左に向けると、仮設の売店と客席。屋外ビヤガーデンのような佇まいと春の陽気に誘われて、私も一杯頂きました。もしかして2杯だったような・・・(笑い)
写真2-5-11 写真2-5-12
左:城から市街地へ下ると、広場で「ヴァルプルギスの夜」のイベントのお知らせの立て看板が。
右:イベントに参加する家族らしい。女の子の衣装が可愛い。
写真2-5-13 写真2-5-14 夕食
左:広場の特設ステージでは、可愛い魔女と小悪魔コンテストWahl der schönsten Kinderhexe und das schönsten Kinderteufelsが行われていて、多くの人で賑わっています。
右:その様子をながめつつ、広場に面したトルコ料理のファーストフード店の店頭テラスで晩ご飯。白ビールと山盛りのドナーケバプで5ユーロ。私がこれを食べていたら、「相席いいですか。」と、母・娘・孫女3人の親子連れ。東洋人の怪しげなオヤジがいるテーブルは、近寄りがたかったと思いますが、人が多くて席が空いておらず、最後の手段だったか(笑い)。和ませてあげようと思い、お話ししたら、近くの集落からこのイベントを見に来たとのこと。恐らく幼児園児ほどのお孫さんに鶴を折ってあげたら喜んでもらいました。「鶴」のドイツ語は知ってますよ。好きなドラマの主人公の名字だったので(笑い)。普段折り紙とかしないので、こんな時のために、風船とか兜(カブト)とか練習しとくといいなと思いました。ところで「兜」ってドイツ語でどう言うんだろうと思って電子辞書で調べたら「der Helm」とあります。英語ならHelmetですね。つまり「サムライが被ったヘルメット」と言えばいいみたい。目から鱗でした。
私は、もうビールを飲んでできあがったので、ホテルに帰って一日の終わり。翌朝朝食会場で、上で紹介した日本人女性に聞いたら、夜のイベントもよかったとのこと。「ヴァルプルギスの夜」だから、勝手な想像ですが、城ではたいまつを焚いて・・・かな。
2-6 Bis Rostock ロストックまで
ドイツ7日目。ヴェルニゲローデを出発し、途中デッサウに寄って、ロストックの知人宅までおよそ400kmのドライブ。到着地ロストックの天候は晴れ、最高気温11度、最低気温8度の予報。少し寒そう。
ちなみに今日5月1日は、ドイツの法定休日(Tag der Arbeit[労働の日、メーデー])なので、日曜日と同じく商店は一般的に閉まっており、日本と異なるので注意がいります。
写真2-6-1 写真2-6-2
ヴェルニゲローデを8時過ぎに出発しデッサウまでおよそ112km、1時間半のドライブ。
左:祝日の早朝なので、道路はご覧のとおり。
右:デッサウ市内に入ると、旧東ドイツ時代の二輪車や四輪車の車列と遭遇。オールドタイマーのツーリングでしょうか。10時頃、デッサウのバウハウスに到着。バウハウスについては、その4>バウハウス【建築】デッサウの世界遺産で。2時間ほど見学して、次の目的地ヴェルリッツ庭園へ向かいます。
●世界遺産:ヴェルリッツ庭園王国
写真2-6-3
デッサウから東へ約18km。世界遺産のヴェルリッツ庭園王国に立ち寄りました。休日だからか、駐車場は一杯。車を駐めるのに一苦労。
写真2-6-4 写真2-6-5
左:ドイツ観光局(※、日本語)によれば、面積は140ヘクタール。東京ディズニーパーク(ディズニーランド&シー)100ヘクタールよりも広い敷地に、城館とイギリス式庭園、湖があります。敷地内には宿泊施設もあるらしく1泊2日でここで休暇を過ごすとよさそう。
右:広い敷地を歩き回っては大変なので、ガイド付きのゴンドラ遊覧がおすすめらしい。私は時間が限られていたので入口付近を30分だけ散策。天気がよくて気分爽快。
写真2-6-6 写真2-6-7
左:湖の中には島がいくつかあって、橋が架かっていないところは、このように渡し船があります。
右:一回りして、ワゴン車(屋台)で売っていた1ユーロのアイスで休憩。私はこれで十分でしたが、ドイツ人はEisbecher:4 Kugeln mit Sahne + Schoko oder Erdbeersoße 4,99Euro(カップ入りフォース(4個)、生クリーム、チョコ又はイチゴソース、4.99ユーロ)を皆さんためらわずに買うので驚き。
14時前、あまりの心地よさに夕方までのんびりしていたい気分を押さえ、後ろ髪を引かれる思いで次のポツダム向けて出発。ポツダムまでおよそ90km、1時間ほどのドライブ。
●ポツダムに寄り道
写真2-6-8 写真2-6-9
この2枚は車中から撮影
左:ポツダムのブランデンブルク門をかすめて行きます。
右:道路の左手はサンスーシ庭園。正面中央の塔は1748年に建てられた庭園入口にあるオベリスク(Obelisk, 記念碑)。左端の建物も庭園の入場門ですが、調べた限りでは、名称など不明。
右前方に、ヴィンツァーベルクWinzerbergという公園の入口にある凱旋門Triumphtorが見えます。この道路を進むとサンスーシ宮殿の入口。この付近は、2年前に車で通ったので、何となく記憶があります。
●一路ロストックへ
写真2-6-10 写真2-6-11
ポツダムを15時半頃出発して、今日の目的地ロストックの知人宅までおよそ240km、2時間半ほどのドライブです。
左:ポツダムを出発して15分ほど。ザクロー=パレッツァー運河Sacrow-Paretzer Kanalを渡る付近のようです。
右:1時間ほど走って、高速24号線のヴァルスレーベン東サービスエリアRaststätte Walsleben Ostで休憩。この高速24号線はベルリンとハンブルクを結ぶ幹線なので物流の要なのか、ご覧のように乗用車の駐車スペースまでトラックが駐車しています。
写真2-6-12 高速19号線 写真2-6-13
左:ヴァルスレーベン東サービスエリアから30kmほど走り、ヴィットシュトックWittstockで高速24号線から別れて高速19号線に入ると、交通量は著しく減ります。ここからロストックまでのおよそ120kmは、ほぼ平坦、ほぼ直線、ほぼスカスカの高速道路。オートクルーズを時速150kmに設定して日本じゃあり得ない高速快適ドライブ。高速の両側はのどかな田園と風力発電機が林立した風景が延々と続きます。
右:高速19号線に入っておよそ70km、バンゾヴェアー・フォースト東サービスエリアBansower Forst Ostで休憩。70kmをおよそ30分で走ったので、計算は合います。先ほどのヴァルスレーベン東サービスエリアと比べると、乗用車が数台だけ。雲が高いような気がします。
予定通り18時過ぎ、ロストックの知人宅に到着。知人宅に2泊させて頂きます。
2-7 Rostock ロストック
ドイツ8日目。ロストックの知人宅に滞在。午前中は知人のご主人の研究所を見学させて頂き、午後は量販店でお土産などのショッピング。ロストックの天候は曇り、最高気温10度、最低気温6度の予報。九州の真冬並。レンタカーは知人宅に置かせて頂き、知人が運転する自家用車で回ります。
研究所の訪問については、その4>ロストック【建築】フラウンホーファー研究所で。
写真2-7-1 写真2-7-2
研究所の見学を終えて、中心市街地にあるショッピングモールRostocker Hofに連れて行ってもらい、知人夫婦とお昼にしました。日本と変わらない本格的な寿司の味。それでいて、寿司の「常識」にとらわれない、いろんなバージョンがあって面白い。
写真2-7-3 写真2-7-4
その後、ロストック訪問時には毎度連れて行ってもらう郊外の量販店KarlsとCITTI-Marktへ。
左:Karlsの近くにあったビニールハウス。記憶する限りドイツで施設園芸を初めて見ました。ここもKarlsの敷地でKarlsで販売されているイチゴなどが栽培されているらしい。
右:ひととおりお土産などの買い物を終えて、CITTI-Marktで3時のお茶にしました。ナッツのクリームケーキ(ビスケットケーキ、ヘーゼルナッツのクリーム添えをリューベック風マジパンで覆う)Nuss-Sahnetorte(Biskuittorte mit Haselnusssahne ümhüllt von Lübecker Marzipan) 1.9ユーロ
そのときに印象を書いておけばいいんですが、今となってはおいしかったとしか書けないですね。
写真2-7-5 写真2-7-6
左:マグロのクリームThunfisch Creme 知人宅の食卓にあり、珍しかったので写真に。ご主人の好物らしく、パンに塗って食べるそうです。
右:左の新書版は知人が勧めてくれた「住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち 川口マーン恵美」。知人によれば、あくまで筆者が住んでいる旧西ドイツの事情がベースとのこと。それでも読み進めるとうなずくことが多くて、2泊する間に一気に読んじゃいました。
右は知人宅の書棚で目に付いた本「新しいケルン Das Neue Köln 1945-1995」 この後訪れるケルンの戦後の歴史が豊富な写真と文章で紹介されていて、興味深く拝見しました。
2-8 Nachwort あとがき
写真2-8-1
ヴァルプルギスの夜
旧東ドイツに位置する古都ヴェルニゲローデは、今回の旅行で初めて訪れました。ただ地名は、昔聞いたNHKラジオ・ドイツ語講座「歌で楽しむドイツ語」で田辺秀樹先生がヴェルニゲローデ・ユーゲントコーアJugendchor Wernigerodeが歌う曲を取り上げていて、何ともドイツ語らしい綴りと発音の地名が印象に残っていました。
この地を訪れた目的は、ダルデスハイムの風力発電施設とハルツ狭軌鉄道。城や市街地散策はおまけのつもりでした。それがたまたま「ヴァルプルギスの夜」に遭遇。全く予備知識無しだったし期待していなかったけど、おまけには十二分に満足ヴェルニゲローデは、散策に適した適度な大きさ、木組みの家並みが残る中世の市街地、更に城あり、お祭りあり、登山鉄道ありと、テーマパーク「ドイツ村」といえる場所でした。
ハルツ狭軌鉄道
最近職場の同僚女性が、旅行の話しをしてくれました。いつもの手配旅行ではなく、国内の団体ツアーに参加したそうです。ツアー自体はとても楽しかったけど、やっぱり自分で手配した方が、事前に汗を流した分だけ楽しいと言っていました。なるほど私の場合も今回のハルツ狭軌鉄道はそんな感じ。
鉄ちゃんと名乗るほどじゃないけど、乗り物は大好きです。子供の頃に乗った蒸気機関車は、長いこと過去の記憶でしかありません。それが2012年に乗ったSLモリーで、一気に懐かしさがよみがえり、もっと乗ってみたくなりいろいろ調べたところ、ハルツ狭軌鉄道にたどり着いた次第。この鉄道は日本の鉄ちゃんにも有名らしく、ネット検索すると、旅行記などが多くヒットします。それらを読むと期待が膨らみ、乗る前から興奮気味。実際に乗ってみると、期待以上で感動しました。
ポツダムに寄った理由は
これまでの行程をご覧になって分かるとおり、おそよ日本人が好んで行くような観光地は訪れていません。例外のハイデルベルクも再開発事例を見学したので、観光地はパス。だから日本人と遭遇することはほとんどありませんが、逆に言えば、そんなところで出会う日本人には親近感が沸くし、その場所を選んだこだわりを聞いてみたくなります。
デッサウのバウハウスの見学も終盤、マイスターハウスで日本語のガイドブックを持っている20代の青年がいて、ひとりでヨーロッパを40日間かけて鉄道旅行中とのこと。コース・宿泊場所は旅行社が事前に手配してあり、チェコのプラハからベルリン入りし、ベルリンで2泊ほどして、オランダのアムステルダムへ向かう日程。つまりドイツはベルリン周辺を2泊だけ。旅行社のおすすめプランは、ベルリンからポツダムへの日帰りだったけど、デザインに興味があったので、デッサウまで足を伸ばしてバウハウスを見に来たそうです。関西出身の彼も日本語を使うのは数日ぶりだと、一期一会を喜んでくれました。
この後の予定を聞いたら、未定だとの返事。私が予定していた世界遺産のヴェルリッツ庭園王国へ誘い、一緒にレンタカーで移動。庭園に到着後、集合時間だけ決めて別行動。このあと少々逆戻りにはなりますがデッサウ中央駅まで送り届ける予定でした。しかしよくよく考えたら、私はこの後北へ向かうし、彼が帰るベルリンも同じ方向。但しベルリン市内へ回ると混みそうなので、彼が本来行くはずだったポツダムへ送り届ける事にしました。これなら私もほとんどロスが無いし、彼も少しだけどポツダム観光もできそう。つまり両者両得。ポツダムまでおよそ1時間。鉄道旅行だとアウトバーンを走る機会はなかなかありません。速度無制限のドライブを彼も楽しんでくれ、ポツダム中央駅でお互いの旅行の無事を祈って別れました。
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