Eine Deutschlandreise 2024 ドイツ旅行 (3/4) |
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Inhalt 目次 | |||||
1 Italien イタリア 2 Insel Rügen リューゲン島 3 Niedersachsen ニーダーザクセン 4 Am Rhein ライン河畔 |
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3 Niedersachsen ニーダーザクセン | |||||
3-1 Ratzeburg ラッツェブルク 3-2 Mölln メルン 3-3 KZ Gedenkstätte Neuengamme ノイエンガンメ強制収容所 3-4 Stade シュターデ 3-5 Hotel Am Fischmarkt ホテル・アム・フィッシュマルクト 3-6 Worpswede ヴォルプスヴェーデ 3-7 Hermannsdenkmal ヘルマン記念碑 3-8 Hotel Bismarckhöhe ホテル・ビスマルクの丘 3-9 Nachwort あとがき |
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3-1 Ratzeburg ラッツェブルク | |||||
●湖上に浮かぶ中世都市 福岡前泊から9日目、フランクフルト到着から4日目、ロストックの友人宅を出発し、西のシュターデまで約300km走ります。到着地シュターデの天気予報は晴れ、最高気温25度、最低気温15度で、長崎の気温を上回る絶好の行楽日和。 最初の目的地ラッツェブルクまで130km、2時間の予定。ラッツェブルクは、リューベックの南約20km、人口約1万5千人。 |
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写真3-1-1 高速20号線 DR画像 | 写真3-1-2 フックスベルク北SA | ||||
左:久しぶりの再会で歓談していたら、友人宅出発は10時半前。リューベックへ向って、高速20号線を西へ走ると、風力発電機が次々と現れます。車は少なく、快調なドライブ。好天でスイスの友人からもらったチョコレートが溶けそうで心配。 右:11時過ぎ、Raststätte Fuchsberg Nord フックスベルク北SAに立ち寄り、カプチーノ4.39ユーロで休憩。再生可能エネルギーだけで賄う電気自動車充電スタンドがあり、閑古鳥だけど稼働率はどんなだろう。この男性の服の色がやけにスタンドと馴染んでるな。 |
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写真3-1-3 メーレンバーク北PA | 写真3-1-4 ブレットヘンガー・ヴィシュ北PA | ||||
左:Parkplatz Mölenbarg Nord メーレンバーク北PAの男子トイレは閉鎖。次のPAへ。 右:Parkplatz Bretthäger Wisch Nord ブレットヘンガー・ヴィシュ北PAで用足し。 |
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写真3-1-5 ナビの画面 | 写真3-1-6 GS | ||||
左:時刻は12時59分。ラッツェブルク到着直前のナビの画面。島の形がくっきり。 右:1回目の給油。ディーゼル1.669ユーロ×41.03L=48.48ユーロ。18.87km/L。 |
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左:駐車場にあった案内図。①駐車場に車を停めて、北の②大聖堂へ向かいます。 右上(写真3-1-8):駐車場前の広場にはマイバウム。 右下(写真3-1-9):道すがら見えたラッツェブルガー湖。道名はハンブルクの歓楽街と同じ Reeperbahn レーパーバーン。船用ロープ Reep (英rope)の製造所が由来らしい。 |
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写真3-1-10 大聖堂 | |||||
町の中心からはずれ、緑と湖に囲まれた場所にある大聖堂(1220)は珍しい。北ドイツで最古のロマネスク様式レンガ造とのこと。 | |||||
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写真3-1-11 内陣正面 | 写真3-1-12 外陣 | ||||
左:堂内は、装飾を排除し、ロマネスク様式でありながら明るい空間。 右:黄金バットが手を広げたようなパイプオルガンと、その前に吊られたシャンデリア。計算し尽くされた構成に、畏敬の念を抱かずにはいられません。 |
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写真3-1-14 旧郡庁舎 | 写真3-1-15 金融機関の建物 | ||||
左:Am Markt マルクト広場へ。ネオ・ルネッサンス様式のような Altes Kreishaus 旧郡庁舎(1778)。今は公民館らしい。 右:Kreissparkasse Lauenburg 年代物の味のある金融機関の建物です。 |
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写真3-1-16 聖ペトリ教会 | 写真3-1-17 内部 | ||||
左:マルクト広場からバロック様式の教会が見えたので、立ち寄り。Stadtkirche St.Petri 聖ペトリ教会(1791)。 右:プロテスタント教会とのことで、内部の構成は質素です。 |
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写真3-1-18 地方裁判所 | 写真3-1-19 ブンデス通り DR画像 | ||||
左:見ごたえのある Amtsgericht Ratzeburg 地方裁判所(19世紀末)。一部の部屋は当時のまま保存され、Denkmalschutz 文化遺産。 右:約1時間の駆け足観光を終え、次のメルンへ15km、15分の予定。カーラジオからは、聞き慣れたNDR1(あとがき参照)が流れ、俄然国内旅行気分。市街地に入った Bundesstraße ブンデス(連邦)通りで、警告灯を点けサイレンを流し俊足で走り去るパトカーに追い越されるという、ドイツでは初めての経験。 |
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3-2 Mölln メルン | |||||
●道化師 Till Eulenspiegel ティル・オイレンシュピーゲルゆかりの地 | |||||
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写真3-2-1 ハウプト(中央)通り | 写真3-2-2 マルクト広場 | ||||
左:人口約1万9千人。Wallstraße ヴァル通りの駐車場から450mほど歩きます。北ドイツらしい赤レンガの町並み。正面にマルクト広場に建つ聖ニコライ教会の塔が見えます。 右:Am Markt マルクト広場に到着。マイバウムの右手にティルの銅像が見えます。 |
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写真3-2-3 道化師ティルの像 | 写真3-2-4 オイレンシュピーゲル博物館 | ||||
左:ティルは、14世紀の北ドイツに実在した伝説の奇人。ここメルンで1350年に没し、そばの St. Nicolai-Kirche 聖ニコライ教会(13世紀)に埋葬されているとのこと。 右:聖ニコライ教会へ登る階段からの見返り。左から2棟目、テントの奥が Eulenspiegelmuseum オイレンシュピーゲル博物館。 |
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写真3-2-5 外陣 | 写真3-2-6 内陣 | ||||
左:聖ニコライ教会内部へ。このパイプオルガン(15世紀)は年代物で味があります。 右:ロマネスク様式の骨格に、後世に施されたであろう装飾や調度品が見事。 |
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3-3 KZ Gedenkstätte Neuengamme ノイエンガンメ強制収容所 | |||||
●ドイツ国内で最大級の強制収容所記念館 | |||||
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写真3-3-1 ブンデス通り | 写真3-3-2 乗馬教室と馬具店 | ||||
左:次はハンブルクの南東にあるノイエンガンメ強制収容所へ約50km、1時間の予定。カーラジオからは引き続きNDR1。好天のドライブは、この上ない気分。車は制限速度に合わせてスピードを上げ下げしながら走ってくれます。例えば、高速道路で時速150kmに設定しておくと、無制限区間は時速150kmで、時速120km制限区間に入るとスピードを下げ、そして再び無制限区間に入ると再び時速150kmに上げてくれます。 右:到着直前、藁ぶき?の大きな建物があり、調べたところ乗馬教室と馬具店でした。 |
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写真3-3-3 解体された少年刑務所の塀 | |||||
案内板によれば、これは強制収容所の遺構ではなく、強制収容所の跡地に1970年に作られ、2007年に解体された少年刑務所の塀。 | |||||
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写真3-3-4 レンガ工場 | 写真3-3-5 運河とはしけ | ||||
左:レンガ工場(1942)は、案内板によれば、ハンブルク・アルトナ地区のエルベ川河畔に計画された Führerbauten(総統ビル)のために造られたとのこと。 右:案内板によれば、はしけ(1907)は、まずエルベ川に通じる運河の浚渫に使われ、その後レンガの材料を搬入、出来たレンガをハンブルクまで運んだとのこと。 |
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写真3-3-6 運河とはしけの説明写真 | 写真3-3-7 強制収容所敷地 | ||||
左:案内板にあった写真。浚渫した泥は、はしけからシャベルで手押し車に載せて陸へ上げ、周囲の田園地帯にトラックで運んだとのこと。更に元収容者の証言として、設備がとても貧弱で、苦労したことが書かれています。 右:この強制収容所は道路に沿って南北に1kmほどの長さがあり、北半分だけ見学しました。旅を終えて、南半分に正門があり、こちらも重要だと気づきました。全体で57haの敷地に、17棟の建物が残っています。当初は2時間の見学時間を見込んでいましたが、ロストックの友人宅に長居して時間が押してしまい30分ほどの見学でした。きちんと見学するなら少なくとも半日は欲しいところです。 時刻は17時、今日の最終目的シュターデへ、75km1時間10分の予定。ハンブルクを迂回するコースで、車は西へ。 |
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3-4 Stade シュターデ | |||||
●歴史あるハンザ都市~リアル・ハウステンボス シュターデは、人口約4万8千人。ハンブルクの西、約40kmにあり、戦災に遭わず歴史的な町並みが残っています。ハンブルクを凌ぐ栄華を誇った時代もあったらしい。 |
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写真3-4-1 ハンゼ通り(翌朝撮影) | 写真3-4-2 ザルツ通り | ||||
左:Hansestraße ハンゼ通りにある公共駐車場に18時17分頃到着。この付近はドイツでありふれた景色。 右:Salzstrße ザルツ通りを旧市街の中心部へ向かって歩きます。ここもあまりワクワク感はありません。この先が目指す Fischmarkt フィッシュマルクト。 |
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写真3-4-3 フィッシュマルクト | |||||
フィッシュマルクトに到着すると、印象は一転、「本物のハウステンボスだ。」 かつての港町として栄華をよく残し、適度なスケール感に落ち着きます。飲食店は多くの人出。 | |||||
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写真3-4-4 木製クレーン | 写真3-4-5 シュヴィンゲ川 | ||||
左:フィッシュマルクトにある Horzkran 木製クレーン(1977再建)。人力で足踏みペダルのようなもので動かしたので、騒音が凄かったらしい。 右:エルベ川の支流 Schwinge シュヴィンゲ川の川面に浮かぶはしけにも飲食店。 |
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●夕食はフィッシュマルクト一角のレストランのテラス席で。 | |||||
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写真3-4-6 ビール | 写真3-4-7 夕食 | ||||
右上:定番の Currywurst カレーソーセージ11.9ユーロ。 右:〆はカプチーノ3.8ユーロ。爽快な気候の元、都会の喧騒を離れ、ハンザ都市で頂く夕食に満足。チップ込み23ユーロでした。 |
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3-5 Hotel Am Fischmarkt ホテル・アム・フィッシュマルクト | |||||
●旧市街のエコノミーなホテル | |||||
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写真3-5-1 外観 | 写真3-5-2 室内から | ||||
左:レストランからホテルまでは、約70m、徒歩1分。フィッシュマルクトに面した建物に「Hotel」と書いてあるものの、青い扉は閉まっていて、実際は右側の路地を入ったところにあります。 右:ホテルは角を曲がって広場から2軒目。 |
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写真3-5-3 客室 | 写真3-5-4 客室 | ||||
綺麗にリフォームされていて快適ではあるものの、好立地とはいえ、この広さで1泊朝食付き80.75ユーロ(13,700円)はやや強気の値段設定。でもゴールデン・ウィークにハウステンボス直営ホテルに泊まったと思えば安い。 | |||||
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写真3-5-5 サニタリー | 写真3-5-6 サニタリー | ||||
サニタリーもコンパクトながら、ドイツだと標準的な仕様。ユニットバスでもないのに、これだけの広さに上手に詰め込んだものです。 | |||||
●朝食 | |||||
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写真3-5-7 ビュッフェ | 写真3-5-8 朝食 | ||||
夕食をセーブすべきでした。胃腸の調子は戻らず、ビュッフェ式朝食は少量で我慢。 | |||||
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写真3-5-9 薬局 | 写真3-5-10 電動港湾クレーン | ||||
左:日本から持参した胃腸薬が切れ、ネットで目ぼしい薬を選んでおいて、宿を出た所にあった薬局で薬剤師とおぼしき白衣の店員と相談しながら胃腸薬を購入。 右:駐車した港にある Elektrischer Hafenkran 電動港湾クレーン(1927復元)。2007年に解体の危機から逃れたランドマーク。 |
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3-6 Worpswede ヴォルプスヴェーデ | |||||
●芸術家の村 ドイツ到着5日目、南西のテクレンブルクまで約460km走ります。到着地テクレンブルクの天気予報は曇り時々雨、最高気温15度、最低気温7度で、長崎の冬に逆戻り。 最初の目的地ヴォルプスヴェーデまで65km、1時間10分の予定。ヴォルプスヴェーデは、リューベックの南約20km、人口約1万人。 |
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写真3-6-1 B74 DR画像 | 写真3-6-2 L122 DR画像 | ||||
左:8時半の出発時は晴天。集落を辿りながらひたすら一般道です。Hagenah ハーゲナの西で、車のナビには無い通行止め。この後暫くスマホのナビに従って走ります。 右:美しい景色が続くものの、目的地が近づくにつれ曇り空に。10時前到着。 |
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写真3-6-3 ペスラー作「期待」 | 写真3-6-4 大美術展館 | ||||
左:Jimmi D. Paesler ジミ・D・ペスラー(ブレーメン)作「Erwartung 期待(1935/36)」 ここにふさわしくても私には猫に小判。芸術作品より建築を見ましょう。 右:Expressionismus 表現主義の Große Kunstschau Worpswede 大美術展館では、地元在住芸術家の作品を入れ替えながら展示しているとのこと。 |
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写真3-6-5 通称カフェ・クレージー | 写真3-6-6 ホテル・ビレッジ | ||||
左:大美術展館に接続する通称 Café Verrückt カフェ・クレージー(1925)は閉店。建築家兼芸術家の Bernhard Hoetger ベルンハルト・ヘトガーが設計書無しに直角がない建物を建て始めたため、地元民からカフェ・クレージーと呼ばれたことに由来。 右:築年は浅く景観に沿ったデザインに配慮したであろう Hotel Village ホテル・ビレッジ。メゾネットツインルーム25㎡のシングル利用で1泊朝食付き95ユーロはお得。 |
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写真3-6-7 アート・ギャラリー | 写真3-6-8 コールス・ジラス・ギャラリー | ||||
左:Kunsthalle アート・ギャラリー。製本職人 Friedrich Netzel フリードリヒ・ネッツェルが、地元在住芸術家の作品を展示・販売できるように増築して提供(1902)したことが始まりとのこと。 右:Alte und neue Worpsweder Kunst Galerie Cohrs Zirus コールス・ジラス・ギャラリー。もともと米国から帰国した綿商人が建てた古典主義の別荘(1875)を、1980年からギャラリーとして使用。管理が行き届いた歴史的建造物と庭との調和が素敵。 |
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写真3-6-9 シオン教会北側面 | 写真3-6-10 内陣 | ||||
左:ギャラリー左手の坂を登ると Zionskirche シオン教会(1759)。地域一帯は、湿地で洪水が襲うため、丘の上に建てたとのこと。通常とは180度逆に西内陣(祭壇)、東外陣。 右:新教の教会らしく、内部は質素ながら、ロココ様式の祭壇が華麗。 |
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写真3-6-11 教会外陣 | 写真3-6-12 イタリア家具店 | ||||
左:パイプオルガンは何度も更新され、現在は2012年製。 右:凝ったデザインの妻面だなと思って何気なく写真撮影してきました。調べたところ casa di mobili イタリア家具店 ですが、元は農家倉庫かな。 |
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写真3-6-13 トラウマ教育研究所 | 写真3-6-14 市庁舎 | ||||
左:Traumapädagogisches Institut Norddeutschland 北ドイツ・トラウマ教育研究所。次の市役所が古農家の再利用なので、ここもだと思いますが、ざっくりネット検索したところ尋ね当たらず。右側の黒い塔は、市庁舎敷地内の鐘楼。 右:Rathaus 市庁舎。築200年の農家を改修して市庁舎とし、1997年の落雷で全焼。それを10ヵ月以内に元通りに修復したとのこと。凄いエネルギーに驚嘆します。 唯一無二の「芸術家の村」でした。時刻は11時。1時間の駆け足観光を終え、次のヘルマン記念碑まで250km、3時間半の予定。 |
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写真3-6-15 高速27号線 DR画像 | 写真3-6-16 ヘルマン記念碑 DR画像 | ||||
左:高速27号線ブレーメンの東。ハノーファーをかすめながら南下するコースなので、交通量は多めで、大型トラックの車列が右車線を塞ぎます。途中高速27号 Rastplatz Düshorn デュスホルンPA、高速2号線 Rastplatz Bückethaler Knick Nord
ブッケターラー・クニック北PAで休憩。ところで、福岡前泊で出会ったドイツ人の新婚さんは、ブラウンシュヴァイク(1981年に訪問済み)に住み、新婦さんはヒルデスハイム大にお勤めとのことで、このPAからヒルデスハイムまで約70km、45分ほど。新婚さんを訪ねないまでも、世界遺産の大聖堂があるヒルデスハイムはいずれ訪れてみたい。 右:今日はこのまま高速2号線を西へ。Rastplatz Brönninghausen ブレーニングハウゼンPAで休憩。最期はワイディングロードを登り、15時到着直前、巨像が見えました。 |
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3-7 Hermannsdenkmal ヘルマン記念碑 | |||||
●ドイツで最も高い像 | |||||
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写真3-7-1 記念碑正面 | |||||
日本のドイツ旅行本やWikiの日本語ページが無いところを好んで巡るのが趣味。ここはその典型。ビーレフェルトの南東に広がる Teutoburger
Wald トイトブルクの森南部の Detmold デトモルト市(人口73,000人)にある記念碑(1875)。像高26.57m、台座込53.46mで、ドイツで最も高い像であり、ニューヨークに自由の女神像(1886、像高46.05m、台座込93m)が建設されるまで、西側世界で最も高い像だったとのこと。 この記念碑はケルスコスの王子アルミニウス率いるゲルマン部族がローマ3軍に決定的な敗北を与えたトイトブルクの森の戦い(西暦9年)を記念して Ernst von Bandel エルンスト・フォン・バンデル(1800-76)が制作。剣だけで長さ7m、重さ550kgあるそうです。 |
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写真3-7-2 台座から北東デトモルト方向 | |||||
台座の腰壁には、前方の都市などが示されていて、左側、眼下のデトモルトはわかるとしても、右側ベルリンは300km以上あり見えないものの、何度も訪れているので望郷を感じます。 |
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写真3-7-4 登山口 | 写真3-7-5 展望台 | ||||
左:東側の登山口。右端は台座へ登る入場券の自動販売機。 右:西側にある展望台。像はフランス側を向いており、見方によってはフランスに対する攻撃的又は防御的な警告と解釈されているとのこと。 気温は11度。45分ほどの観光で、冷え切ってしまいました。今日の宿があるテクレンブルクまで110km、1時間20分。予定では、テクレンブルク旧市街を観光して宿にチェックインするつもりが、時間が押しているので宿にチェックインし、テクレンブルク旧市街は、明日朝に回すことにしました。カーラジオは引き続きNDR1。聞き慣れたパーソナリティの声を、時差のないリアルなカーラジオで聞きながら、ドライブは気分上々。 |
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写真3-7-6 デトモルト市街 DR画像 | 写真3-7-7 Kreuz Osnabrück Süd DR画像 | ||||
左:下山を始めたら、デトモルト市街が見えました。市の中心は数キロ北にあり、歴史的旧市街も多く残されているらしく、いずれチャンスがあれば訪れてみたい。 右:オスナブリュックの南で、進路を北から西へ。ナビは盛んにアムステルダム方向へと連呼します。ここからアムステルダムまで240km、2時間半程度。意外と近いな。 |
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3-7-8 ブロックバッハ谷北SA | 3-7-9 ブロックバッハ谷北SA DR画像 | ||||
左:17時頃 Raststätte Brockbachtal Nord ブロックバッハ谷北SAで休憩。あと10数分で宿に着くのに、ここで休憩した理由は忘れました。ナビを市街地から宿へ切替えたか。ナビが連呼するだけに黄色いオランダナンバーの車がずらり。写真左の男女は半袖。 右:一方私は真冬のいでたち。一人旅だと貴重なDRに映りこんだ後ろ姿。 |
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3-8 Hotel Bismarckhöhe ホテル・ビスマルクの丘 | |||||
●丘の上のお手頃なビジネスホテル。 | |||||
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写真3-8-1 ホテル外観 | 写真3-8-2 ビスマルク塔(翌朝撮影) | ||||
左:17時25分頃、テクレンブルクの郊外の丘にあるレストラン付きの宿に到着。 右:宿の横に Bismarckturm ビスマルク塔(1909)があり、これが宿の名前の由来らしい。高さ18mあり、塔上からの眺めはよさそうですが、あいにく塔は閉鎖。 |
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写真3-8-3 客室 | 写真3-8-4 客室 | ||||
一泊朝食付き77.25ユーロは、昨晩より安いのに、この広さ、眺望。観光地を一歩離れると、こんな贅沢な空間に手ごろな料金で泊まれる典型。 | |||||
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写真3-8-5 サニタリー | 写真3-8-6 サニタリー | ||||
サニタリーもゆったりとしたスペース。 | |||||
●夕食は想定外のビュッフェ形式 | |||||
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写真3-8-9 夕食・前菜 | |||||
左:夕食は宿のレストランで済ませるつもりで、宿に入る前、玄関横に掲げてあるメニューをチェック。入店したら「今日は団体が入っているので、ビュッフェ29.9ユーロだけ」とのこと。先に言ってよ、という愚痴は封印。丘の上の1軒屋で近傍に他に飲食店はなく、車で旧市街へ降りると飲めないので、ものは試しでビュッフェにしました。 中:アルコールは別料金。Veltins Pils vom Faß フェルティンス生0.5L4.7ユーロ。ドイツ西部ではメジャーなビール。 右:眺めの良い席、朝買った胃腸薬が良く効き、食事が進みます。前菜風に盛付け。 |
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写真3-8-10 夕食・メイン | 写真3-8-11 夕食 | ||||
左:メインの肉料理と、デザートのアイス(左)。 右:パンにチーズを載せて。ソフトドリンクも別料金とは意外。カプチーノ2.9ユーロ。料理はセルフサービスだし、運んでくれたのは飲料だけなので、チップは迷いつつ、切の良いところで40ユーロ支払い。初めて夕食ビュッフェでこれはこれでよい経験でした。 |
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●朝食 | |||||
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写真3-8-12 朝食 | 写真3-8-13 朝食会場 | ||||
左:6ユーロの朝食ビュッフェ。夕食と比べコスパの高さが光ります。 右:客席から、すがすがしい景色が眺められ、お昼の分までしっかり頂きました。 |
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写真3-8-14 テラス | 写真3-8-15 テラス | ||||
朝食後、レストラン前のテラス席へ。外気温は10度ほど、寒くなければ、ここでの食事もよさそう。南西方向の郊外の景色。客室からも同じ方向が見えます。なおテクレンブルク旧市街は、東方向なのでここからは見えません。身の丈に合った私好みの宿でした。 | |||||
3-9 Nachwort あとがき | |||||
●旅の記録に使えるドライブレコーダー(DR) | |||||
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写真3-9-1 ベルリン・ブランデンブルク空港付近 DR画像 | |||||
昨年は、荷物を究極まで減らすべく、DRもチロルチョコサイズ本体重量11gを持っていきました。事故を記録する目的であれば、スマホと連系し十分な性能。一方旅の記録としては力不足。詳しくは2023ドイツ一人旅その4>4-10あとがき いろいろ探しましたが、結局コロナ前に使っていた本体40g+吸盤30g=70gを使いました。このブログには画像を切り取って掲載していますが、上の写真3-9-1がオリジナルの縦横比、但し、画質はブログ掲載用に22万画素に落としています。交通標識はくっきり見え、右下の北緯、東経によりピンポイントで場所を探せ、日時(表示は日本時間。現地は-7時間)、時速が記録されます。意外だったのは1280×720(92万画素HD)なので、パソコンの画面でフルスクリーンで見ると、臨場感があり、旅の余韻に浸れます。昨年より60g増になりましたが、旅の記録にはこれが正解。機能と重量のバランスのさじ加減が難しい。 |
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●よく効いた胃腸薬
ドイツの薬局は、 ・私が知らないだけで、同様の効果のある薬を日本の薬局でも買えるのか、 ・日本よりも薬局の店頭で処方できる胃腸薬の効きめが高いのか、 ・薬剤師が私の症状に応じて的確な薬を勧めてくれたか、 ・大柄なドイツ人の「大人」で効果がある量を、中柄な私が摂取すると効き過ぎるのか、よくわかりませんが、効果に驚きました。 1981~82年の語学研修も含め、ドイツの薬局のお世話になったのは、覚えている限り初めて。高齢者の域になり、今後のために薬情報を集めておきたい。 かつて、車でドイツを旅するときはトイレットペーパーを多めに持っておくようにと、何処かに書いてあったことを思い出しました。ドイツの水道水は飲めなくはないですが、こちらの慣習に沿って飲まないようにしているし、生ものは食べないようにしています。ただ好きな半熟卵は、ロストック近郊在住の友人から、卵は日本ほど新鮮ではないので、よく火が通ったものがよいとアドバイスがありました。旅ではより安全側をとっておいた方がよいと改めて思いました。それを思うと2018年は、帰国2日前に酔いに任せてメットハッペンという、豚の生ひき肉と生の刻み玉ねぎをパンの上に乗せたネギトロみたいなものを食べました。2018年ドイツ一人旅その4>4-2ケルン これで胃腸を壊し、帰りの飛行機に乗れなかったかもしれないと思うと我ながら浅はかな行為にぞっとします。 |
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●NDR1 Radio Niedersachsen NDR1ラジオ・ニーダーザクセン
今回の旅で、車のカーラジオは行く先々で、その地の放送に自動で切り替えてくれます。シュターデ付近から、聞き慣れたパーソナリティの声が流れた時は嬉しくなりました。お気に入りのラジオ放送から流れるオールディーズを聞きながら、整備された道路で快適なドライブなんて、私にとって贅沢の極み。「ドイツへ帰省する」楽しさを実感したドライブでした。2024.12.31 |
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凡例 | |||||
サービスエリア:SA、パーキングエリア:PA、ガソリンスタンド:GS、ドライブレコーダー:DR。 | |||||
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2.Insel Rügen |
1.Italien | 2.Insel Rügen |
3.Nieder- sachsen |
4.Am Rhein | 4.Am Rhein |
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