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アウトバーンコップ/アラーム・フォー・コブラ11
Alarm für Cobra 11-Die Autobahnpolizei
Interview インタビュー
Inhalt 目次
Hermann Joha  ヘルマン・ヨハ (監督)
Hendrik Duryn ヘンドリック・ディラン (第二チーム 主人公フランク・トラバー役)
Erdogan Atalay エルドゥアン・アタライ (主人公ゼミル・ゲーカーン役)
René Steinke レネ・シュタインケ (主人公、3代目ゼミルの相棒トム・クラニッヒ役)
Interview mit Hermann Joha  ヘルマン・ヨハ
ドイツの代表的週刊誌「Der Spiegel」のサイトに、2008年2月8日付けでアクションコンセプト社を率いるヘンマン・ヨハのインタビューがありましたので、ご紹介します。拙訳で恐縮です。
原文:http://www.spiegel.de/auto/aktuell/0,1518,532912,00.html
ヘルマン・ヨハについては「舞台背景」のページの「ヘルマン・ヨハ」の項をご覧ください。
自動車スタント・プロフェッショナル:ヘルマン・ヨハ
私の運転スタイルは極めて慎重
シュピーゲル誌:最初のスタントは。
ヨハ:車での宙返りを、30年前ベルギーで、ヘル・ドライバーズの仕事でした。
誌:どうしてスタントマンを目指したのですか。
ヨハ:バイクや車で走ること、また、モトクロスに小さい頃から興味を持っていました。それは両親に対する反抗でしたね。保守的な父は地元で機械工場を経営し、病院長と高校教師になった兄弟の間で、私は家族の異端児として育ちました。
誌:きっかけは。
ヨハ:14才の時に地元の水泳プールの駐車場で、初めて「ヘル・ドライバーズ」の興行を見て、もの凄い興奮を覚えました。
誌:目覚めた…。
ヨハ:そのとおり。17才の時、アメリカに向かうつもりで家出しました。でも、ロンドンの「ヘル・ドライバーズ」に長居してしまいました。最初は出店の手伝い、次は出店を任され、そして車に乗りました。
誌:スタント集団には貢献できましたか。経験は全く無かったですよね。
ヨハ:私は、集団の広告塔的存在でした。ヨーロッパ屈指の新進クラッシュマンとして名が売れました。と言うのも、まだ運転免許を持っていなかったのに、既に1000台の車を潰していましたから。味をしめたらやめられない。夏場はスタント・ドライバーとして全精力を注ぎ、冬場はいろいろなバイトをしてしのぎました。丁度その頃、テレビ番組「第七感」「犯行現場」「大都市管区(警察ドラマ)」「ユーロ・コップ」などから、スタントの注文が入り始めていました。
誌:それで「アクション・コンセプト社」を起業した。で、大手放送局への売り込みは。
ヨハ:90年代の初め突如として、民間放送局がドイツらしい独創的なアクション番組を欲しがるような状況になりました。手始めに「アウトバーン・コップ」を作りました。この番組は今でも続き、アクション番組の古典的存在になりました。ただ残念ながら、商売にはなりませんでした。と言うのもドイツらしい連続ドラマはほとんどありませんでしたから。どちらかと言えば、アメリカ製ドラマの焼き直しみないなものをやってました。
誌:ご自身もまだスタントをやってますか。
ヨハ:とんでもない!もうすぐ48才です。せいぜいカーチェイスでハンドルを握るくらいです。
誌:スタントマンに欠かせない要素はなんでしょう。
ヨハ:勇気、タイミングに対するセンス、プロ・サッカー選手並みの体力です。そして、恐怖心を抑えて前向きに取り組む気質はぜひ必要です。例えば、ヘルメットをかぶって軽やかにひとっ飛びし、有名俳優と飲みに行く。映像の上では月並みでも、実際は出来ない事です。それをやるには、厳しい訓練、周到な準備、そして、細部に至るまで考え尽くされたアクション・シーンを完璧に実行する計画が必要です。
誌:スタントマンの危険は大きいですか。
ヨハ:まだ重大な事故は全くありません。一般道路や建設現場ではもっと多くの負傷者が出ています。奇妙かもしれませんが、既定の事実として、スタントマンは電子事業者の同業者組合で保険に加入しています。実際リスクは小さいです。毎回のアクションシーンは、微細なところまで、二重、いや、おおむね三重のチェックを複数の人間で行っていますから。「この程度でいいか」みたいな精神は、はね除けています。
誌:でも、とても危険な状況は、全くなかったですか。
ヨハ:ありますよ。1986年、映画「マンドナ紳士(原題:Der Madonna-Mann)」の主演マリウス・ミュラー・ヴェステルンハーゲンのスタントとして、ボルボ・クーペで50m飛んだとき、エルベ川に水没しました。まず感覚に慣れるためウエットスーツを着て川底に1時間潜り、それに続くスタントシーンの撮影で、失敗してしまいました。
誌:詳しく聞かせてもらえますか。
ヨハ:車はペシャンコになり、私は逃げ出せませんでした。しかも酸素ボンベまでいかれてしまって。幸いにも予備の空気ボンベがありました。、救助隊は、1m潜っただけで水の濁りで見通しが効かず、どこに車が着水したか地上の人間に指示できませんでした。私は、7分かかって沈没船から何とか抜け出し、生還しました。地上では私のことを既にあきらめていて、参りましたよ。
誌:こんな事はもうあり得ませんか。
ヨハ:大丈夫です。近頃このようなスタントは、遠隔操作で、車には人形を乗せて行いますから。
誌:スタント向きの車はありますか。
ヨハ:ベンツ、アウディ、BMWはどんな状況でも使いやすいですね。改造する必要はほとんどありません。シトロエン2CVやルノーR4などは最悪です。ハンドブレーキが前輪しか効きませんから。
誌:一般道路でもプロ・スタントとしての腕を活かしますか。
ヨハ:全くありません。私の運転スタイルは極めて慎重です。カーチェイスやカーレースでやり尽くしましたしね。車は上質なオーディオ付きの動く応接室がいい。スポーツカーはもうごめんです。
2008.2.23,30
Interview mit Hendrik Duryn ヘンドリック・ディラン
アクション・コンセプト社(アウトバーンコップの製作会社)のサイト(独語)にインタビューがありましたのでご紹介します。素人の拙訳をご了解下さい。
Q:「コブラ11へ緊急指令(邦版タイトル:アウトバーンコップ)」は数年来、ドイツで人気のアクション番組だ。兄弟番組「コブラ11-第二チーム出動(邦版タイトル:マキシマムスピード)」は「コブラ11」とどのような点で違いがあるかな。
A:「第二チーム」は、そもそも全く新しく、そして今までの「コブラ11」とは全く違う。「第二チーム」は「コブラ11」が直接何かやったものじゃない。
「コブラ11」では二人の若者が演じたが、俺達の「第二チーム」は混交チームだ。違いは他にもあり、「第二チーム」では俺達警部のプライベートな部分を見せる。つまり、オフタイムに何をやっているか、過去は、オフタイムに起こったことなどなど。
そしてまた、二人の主人公は男と女だから、当然ロマンスもあるよ。これは大きな違いだね。だから、「第二チーム」と「コブラ11」が競い合うことは全然ないね。
「第二チーム」は「コブラ11」のように成功すること間違いなしだよ(笑い)。
ユリアとヘンドリックのサイン付きポートレート
Foto:RTL/Pick
Q:ところで「コブラ11」と「第二チーム」との類似点は。
A:うん、警察署のスタッフは全て同じだ。
エンゲルハート隊長、アンドレア、彼女は優秀な秘書と言うよりも、とてもとても頼りになる仕事仲間だ。俺が演じるフランクが惹かれるくらい魅力的だし、目立つよね。当然、ボンラートやヘルツベルガーもいるよ。確かにこの4人は「コブラ11」のメンバーだけど、「第二チーム」のメンバーでもある。そして、アクションは「コブラ11」のように当然ド派手だよ。
Q:「コブラ11」の名声は少々お休みになるのかな。
A:いや、全然ないね。全く逆だ。「コブラ11」がこれまで生み出した質を、同じように保証するよ。
Q:この番組に参加するきっかけは。
A:これにはちょっとしたおもしろい話があってね。実は、「Die Motorrad-Cops(白バイ警官)」に出演させてもらう予定だった。だけど、当時はまだ二輪車に上手に乗れなかった。
それで、自動車なら運転できるだろうということで(笑い)、参加させてもらった。今はもう二輪車も乗れるけどね。
Interview mit Erdogan Atalay エルドゥアン・アタライ
Q:君は数年来コブラ11のゼミルとして演じている。レネ・シュタインケは君にとって3番目の相棒だ。印象を簡単にまとめてくれ。
A:レネと私は大変良好に仕事をしているし、番組を見てもらえばそれをわかってもらえると思う。レネは新顔だし、新しい人間で新鮮な印象だ。レネは番組にさりげなく少々新しいものをもたらした。彼との仕事はとても素晴らしかった。でも、他の出演者とも当然よく分かり合えたけどね。
エルドゥアン・アタライのサイン付きポートレート
Foto:RTL/Pick
Q:レネとの仕事はどんな?
A:俺達のすることが視聴者にどう思われるか、俺達にとってとても重要だ。それで、俺達は物語をできる限り真剣に、そして番組がよい娯楽になるように取り組んだ。
台本は結構自由だったし、変えることもあった、ついに俺達はそれを毎日やったね。
Q:君は、アウトバーンコップより前に他のアクション番組に出演したことがあるの?
A:私は確かにアウトバーンコップより前からテレビに出ているけど、アクションは少なかった。いずれにせよ、アウトバーンコップが最初のアクション番組だったことは間違いないね。
Q:番組で特徴的なことは?
A:下水道網を走り回わったり、スケートリンクの上を歩いた経験だ。番組のシーンとして必要であれば、やる理由にはなる。でもそれは番組撮影上のつながりの中で必要最小限の範囲でね。そして当然それは場所や人々知ることになるのでよかった。
Q:君らはときどきスタントも自分達でやるの?
A:自分たちでやる2・3の自動車走行シーンがある。そしてヘリコプターからまっさかさまに落ちるシーンも自分でやった-当然安全を確保してね。でも、すべての事には危険がつきまとう、車の転覆、クラッシュ、その他もろもろ。それらを若いスタントがやるがそれは全く最高だ。
Q:君は、スタントマン達の仕事を全般的にどのように評価している?
A:私は、スタントマン達の仕事をとても高く評価している。若いと言うことだけを全面に出して考えるのは間違いだ。いい加減な人間を「アクションコンセプト社」は必要としていない。いずれのアクションシーンも綿密に十分考え抜かれている。当然、アクションシーンの多くは残念ながら危険を避けられない。しかしこれらのリスクは綿密な計画と準備によって大部分はさけられる。
Interview mit René Steinke レネ・シュタインケ
Q:レネ、君は早いもので1999年12月以来、ゼミルことアタライとアウトバーンコップで演じているが、簡単にまとめてくれるかい。
A:私にとって最初の主演だし、長い時間その役になりきり、8又は9日の撮影はあっと言う間で、それはとても手に汗握るような経験だ。
エルドゥアンとの関わり、それは私にとって彼と演じることは大きな経験だ。俺達はとても楽しんだし、みんなもそのように思ってくれるだろう。
レネ・シュタインケのサイン付きポートレート
Foto:Benno Kraehahn
Q:撮影において、どれくらい自由があったの?
A:とても沢山の自由をもらった。でも私はどこに注意を払うべきか、台本がどのようなことを求めているか、既に多くのことを学んでいた。エルドゥアンと私はそれをうまくやっていたからこそ自由をくれたんだろう。
Q:アウトバーンコップに出演するきっかけは?
A:俳優志願のビデオをあちこちのプロダクションに置いて回ったんだ。ラッキーなことに、あるプロダクションに連れて行かれ、紹介してもらったのさ。そこで、ゼミルの未来の相棒という設定で1シーンを演じたんだ。それがうまくいって、役をもらったと言うわけなんだ。
Q:君は、過去にアクション番組に出演したことがあるの?
A:いや、アウトバーンコップが初めてのアクション番組だ。これまでは、看護士やそれに類するもを主にやらせてもらった。
Q:番組で演じていて、何か特別なことはある?
A:ええ、それについては、とても普通人がやれないような事をさせてもらい、ものすごくおもしろかった。
ヘリコプターで飛んだり、ジェットスキーで走り回ったりさせてもらった。また、私たちは「ケルンアリーナ」の氷の上を矢のように突っ走り、アイスホッケー選手をなぎ倒した。こんな事はふつう体験できないよね。
Q:きみらの役のキャラクターを2・3の言葉で表してもらえる。
A:そうだなー。ゼミルはいつもまず慎重に考え、そして突然走り出す。私は走りながら考える。
私たちは二人とも走る-でも動機づけはそれぞれ違うと言うことだね。
 



Seit 11.Feb.2003 Happiness裕之介