Eine Deutschlandreise 2015 ドイツ旅行 (3/5)
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Inhalt 目次
1 Norddeutschland 北部ドイツ
2 Der Harz ハルツ山地

3 Rheinland ラインラント

4 Umwelt und Architektur 環境と建築
5 Deutsch und Kultur ドイツ語と文化
3 Rheinland ラインラント
3-1 Bis Bad Münstereifel バート・ミュンスターアイフェルまで
3-2 Bad Münstereifel バート・ミュンスターアイフェル
3-3 Kurhaus Hotel Bad Münstereifel クアハウス・ホテル・バート・ミュンスターアイフェル
3-4 Bis Köln ケルンまで
3-5 Ferienwohnungen Terri テリー休暇住宅
3-6 Köln ケルン
3-7 Wuppertal ヴッパータール
3-8 Best Western Ambassador Hotel Düsseldorf ベストウエスタン・アンバサダー・ホテル・デュッセルドルフ
3-9 Düsseldorf デュッセルドルフ
3-10 Düsseldorf Airport デュッセルドルフ空港
3-11 Nachwort あとがき
3-1 Bis Bad Münstereifel バート・ミュンスターアイフェルまで
旅も後半、ドイツ8日目は、外大生二人をターレへ送り届けて、一人旅に戻ります。ハルツ山地からアイフェル山地へ。目的地バート・ミュンスターアイフェルまで約500kmのドライブ。到着地周辺の天気予報は雨、最高気温9度、最低気温3度。
今日はメーデーで近くのベーカリーも含め、ほとんどの商店は休みなので、朝食は昨日買い出しした食材を宿で食べます。
朝7時半頃、長崎の外大の1年生の教室とスカイプでネット中継して、3人でドイツレポート。ちょうど外大は3コマ目の講義が終わったところだったので、教室には2年生や3年生もやってきて、わいわいと楽しい中継でした。
いよいよ宿を引き払って出発。外大生には、ターレ観光を勧めました。一昨日一人で訪れたところなので、ターレの歩き方を伝授し(2-9あとがき ターレの歩き方)、3人でターレまでおよそ10km、20分ほどのドライブ。
写真3-1-1
写真3-1-2 写真3-1-3
写真3-1-4
途中、溜息が出るような大平原の素晴らしい景色に、思わず車を停めて記念撮影。
その後、外大生をターレのチェアリフト乗り場の近くで降ろします。3人で楽しい1泊2日の旅だったので名残惜しい。長崎での再会を誓って別れます。シュテンダールまでの帰りの足は、ターレからマグデブルクを経由して鉄道の接続がよいので心配なし。
ところで一人は高所恐怖症。昨晩、私が事前にターレの歩き方をレクチャーしたら、チェアリフトやシースルーのゴンドラリフトに尻込みしていました。一方、もう一人は乗り気満々。漫才コンビのような楽しい二人です。
後日聞いたところ、事なきを得てシュテンダールまで戻ったとのことでした。
写真3-1-5 K2365 写真3-1-6
左:9時半頃外大生と別れ、一人旅に戻ります。ナビの指示に従って、ターレからノルトハウゼンまでおよそ50km、高原の山道を1時間ほど走ります。
右:ターレを出発して、数キロ走った9時45分のナビの画面。標高340m、目的地まで456km、到着予定時刻14:13と出ています。
写真3-1-7 写真3-1-8
ターレを出ると、直ぐに細い山道K2365に入り~K1350~L93~Allrodeアルローデ~L95~Stiegeシュティーゲ~K1352~B81~B4~ノルトハウゼンまで。普段乗っている車より10cmほど幅広なので、対向車とのすれ違いには気を遣います。
旅行記をまとめつつ、走ったコースをなぞってみると、ナビは、Googleのルート検索で提案しないような、所要時間が短く、最短距離を指示しているみたい。少し遠回りになっても、幅広(センターラインがある片側1車線)の道路を指示してくれないかな。恐らく設定画面があって、私が操作できないだけかも。
ただご覧のように、天気は悪くないし、自然に溢れたワインディングロードのドライブもまた楽しい。
写真3-1-9 アイスフェルダー・タールミューレ駅
シュティーゲを通り過ぎて暫く走ると、「Eisfelder Talmühleアイスフェルダー・タールミューレ駅」の案内板が見えました。逐語訳すると、「氷原の谷の水車小屋駅」。昨年の旅行でハルツ狭軌鉄道のSL牽引列車に乗ったとき、この駅へ向かう列車を見かけ、旅情をかき立てる駅名に、いったいどんなところだろうと気になっていたので、寄ってみました。
うっそうとした森林の中の谷に、駅舎とホームがポツンとあり、一両編成のディーゼルカー停まっています。回りに人家や集落は見当たらないので、3方向からの路線の乗換駅で登山口らしい。あまりの素朴さに時の流れが止まったみたい。
写真3-1-10 高速38号線 ノルトハウゼン~ゲッテインゲン
11時前、ノルトハウゼンを過ぎると高速38号線に乗りました。交通量が少ない速度無制限の高速道路を快調に走ります。
写真3-1-11 時速150kmのオートクルーズ 写真3-1-12 工事箇所もラクラク
左:11時48分頃のダシュボード。高速38号線を時速150kmのオートクルーズで走行中。スピードメーターとタコメーターの間にナビの補助画面があります。
車は西へ進み、ゲッティンゲンの南で高速7号線へ。更にカッセルの南で高速44号線へ。
右:途中の工事箇所。中央線寄りの車線は幅が狭いので、外側のトラックも通る車線を走ります。車が自動的に前車との車間距離を保ちながら走ってくれるので、ハンドル操作だけ。自動運転の実現は近い予感します。
写真3-1-13 写真3-1-14
左:13時前、高速44号線に乗ってカッセルの西およそ50km、Raststätte Am Biggenkopf アム・ビッゲンコッフ・サービスエリアで昼食にしました。
右:ドイツのファーストフードである、おいしそうなサンドイッチが並んでいます。見た目でおいしそうなモノを選べばいいけど、一応値札の文字を書き出します。Französisches Baguette mit Frikadelle, Hähnchenbrust oder Schnitzel フリカデル(小さな肉団子)か、若鶏の胸肉か、カツレツを挟んだフランスパン4.29ユーロ。カツレツを選びました。
写真3-1-15 写真3-1-16
左:ないならないで済ますことができるけど、目の前に色鮮やかでおいしそうなケーキが並んでいると、甘党なので避けて通れません(笑い)。Erdbeer-Joghurt Kuchen hausgemacht 自家製イチゴ・ヨーグルト・ケーキ3.19ユーロを選びました。
右:MilchKaffeカフェオレ2.99ユーロを含め10.47ユーロの昼ご飯。おいしくはあったけど、高速道路のサービスエリアは、日本と同様やや高めの印象。
写真3-1-17 写真3-1-18
左:ドルトムントの東で高速1号線へ。ヴッパータールが近づいて来ました。時刻は14時39分。目的地まで120km、到着予定時刻15時49分と出ています。
右:このまま高速1号線を進むとケルン。ナビは右の高速46号線デュッセルドルフ方向を示しています。
更にデュッセルドルフの南東で高速3号線へ。
写真3-1-19 バイ・アレーナ
写真3-1-20 一般道
高速3号線を更に南下して行くと、高速1号線とのKreuz Leverkusenレーバークーゼン・インターチェンジでバイ・アレーナBayAenaのそばを通り過ぎます。同スタジアムは、サッカー専用で、バイエル・レーバークーゼンのホーム・スタジアム。
その後は、ケルンを回り込むように高速1号線を南下。
高速1号線を降りて、一般道を少し走り、16時頃目的地のホテルに到着。チェックイン後、市街地を散策します。
3-2 Bad Münstereifel バート・ミュンスターアイフェル
●中世の宝石
写真3-2-1 (A) Wertherstr.
Erftエルフト川の谷間に、木組みの家の町並み、城壁や城門が残り、中世都市の佇まいを保った人口1万7千人の小都市がありました。Wiki.de(※、独語)には「中世の宝石」と書かれています。
この町を訪れたのは、好きなアクション刑事ドラマのロケ地だったため。訪れてみると、ロマンチック街道の古都を彷彿とさせるような街並みに驚きました。どこにカメラを向けても「絵」になり、撮影した写真の中から選択するのに苦労しました。
写真3-2-2
市庁舎の前に掲げてあった案内板。城壁と四つの城門に囲まれた旧市街地の中心部は、歩行者天国。
この案内板は、右(駅側)が北で、駅から、左のアウトレット(D)まで約850m徒歩10分程度。1時間もあれば一回りできる規模です。今回左上、丘の上のホテルに泊まり、車を置いて散策します。一般的には右端の「駅」からの訪問になるでしょう。この案内板では、ファッション、靴、アクセサリー、スイーツ、キッズ、レストランなど39店舗が紹介されています。
写真3-2-3 (B) Orchheimer Str.
中心部には小さな店が建ち並んでいて、ウィンドショッピングが楽しい。
写真3-2-4 (C) 写真3-2-5 (D) アウトレット・モール
左:案内板に掲載がない場所にも店が並んでいます。雰囲気は、おとぎの国。
右:次に紹介する①Orchheimer Torオルチハイマー門を出たところにあるアウトレット・モール。2014年8月にオープンし、4ヶ月で50万人が訪れたそうです。左から、衣料品Gerry Weberゲリー・ウェバー、衣料品Robert Ley Outletロベルト・ライ・アウトレット、靴Salamanderサラマンダー。最初、伝統的な建物と最新のファッション・ショップが結びつかなくて、面食らいました。
写真3-2-6Orchheimer Tor 写真3-2-7Rathaus
左:オルチハイマー門。旧市街地の外側から撮影。この写真の右手に、(D)アウトレット・モールがあります。
右:右手の赤い外壁が市庁舎。市庁舎に掲げてあった説明板によれば、起源は1476年にさかのぼり、1944年第二次世界大戦で被弾し、1949年に再建されたとのこと。
写真3-2-8Stiftskirche 写真3-2-9Stiftskirche
左:Stiftskirche司教座教会(現在の正式名称はSt. Chrysanthus und Daria 聖キクとダリア)。バート・ミュンスターアイフェルの最も主要な教会。11世紀に建てられ、ロマネスク様式の特徴をよく表しています。幸い、第二次世界大戦での被災は軽微だったらしい。
右:丸いアーチ、小さな窓、ロマネスク様式の典型です。
写真3-2-10 Burg 写真3-2-11 Bitburger Bierhaus
左:Burg山城。起源は13~14世紀。1984年から個人所有で、レストランや高級マンションがあるとのこと。
右:城の登口近くに、ビットブルク・ビヤホールがありました。ここで一杯飲むとおいしそう。夕飯はホテルのレストランでと決めていたので、後ろ髪を引かれる思いで次へ向かいます。
写真3-2-12 Werther Tor 写真3-2-13 Heisterbacher Tor
左:旧市街地の北端にあるヴェルター門。この門の先に駅があるので、鉄道で訪問すると、まずこの門を潜ることになります。
右:旧市街地の南西角にあるハイスターバッヒャー門。旧市街地の外側から門を撮影。門の左手、地形に沿って城壁が上方へ続いています。この城壁の上へ登ることができます。
写真3-2-14 城壁を登る 写真3-2-15 遊歩道
左:写真3-2-13のハイスターバッヒャー門が写真中央上に写っています。門から続く城壁にはこのように階段状の通路があり、登ってみました。その最上段からの眺めは、下の写真。
右:城壁の外側は緑豊かな遊歩道です。
写真3-2-16 城壁からの眺め Eifel-Blick
これが城壁の最上段からの眺め。グレー系色の屋根で統一された町なみの背後にアイフェル山地の山々が連なっています。山なみのシルエットは、日本と似ているみたい。それでは城壁の更に上にある宿へ戻ります。
3-3 Kurhaus Hotel Bad Münstereifel クアハウス・ホテル・バート・ミュンスターアイフェル
●値段の割に設備が整ったホテル
写真3-3-1 写真3-3-2
最上階のダブルルームを一人で使い、眺望も抜群。一泊朝食付き69ユーロ(約9,300円)は安い。メジャーな観光地から少し離れると、値段の割に素敵な宿が見つけられます。Booking.comの口コミ評価はとても良い8.4と出ており、納得。今回の旅行で一番いい宿です。
写真3-3-3 客室 写真3-3-4 客室
25㎡(15帖相当)のゆったりした部屋。無線LAN親機が部屋の入口にあるので、スピードは十分。
写真3-3-5 サニタリー 写真3-3-6 サニタリー
サニタリーも整っています。バスタブはありません。
写真3-3-7 客室からの眺め 写真3-3-8 客室からの眺め
客室からの眺望。眼下に旧市街地の町並み。その背後にはアイフェル山地の雄大な山並みが望めます。それでは晩ご飯を食べにレストランへ。
写真3-3-9 ホテルのレストラン 写真3-3-10 夕食
左:今回の旅行で一番いい宿なので、その記念にホテルのレストランで夕食。
右:ホテル入口の黒板に掲げてあった日替わりおすすめメニュー「Seelache mit Kartoffeln タラのフライ、ジャガイモのサラダ添え」を注文したら、それは今日提供できないらしい。ところが気のいいウェーターが厨房と掛け合ってくれて、出してくれました。あっさりした白身魚。9.8ユーロ。
表の看板をよくよく見ると、今日金曜日のおすすめメニューは「Reibekuchenジャガイモのパンケーキ」。明日土曜日がタラのフライでした。
写真3-3-11 夕食 写真3-3-12 夕食
左:旧市街地のビットブルク・ビヤホールで飲めなかったビットブルガー・ピルス0.3リットル2.5ユーロをここで飲みます。
右:ビールだけで終われず、モーゼル・リースリング・ハルプ・トロッケン0.2リットル5.9ユーロ。しめて18.2ユーロの夕食でした。
写真3-3-13 朝日 写真3-3-14 早朝散歩
左:翌朝6時半過ぎ、客室から日の出を望めました。今日は晴れそう。
右:朝食前に宿の背後に広がる林を散策。気温は3度くらい。
写真3-3-15 朝食会場 写真3-3-16 朝食
左:
写真3-3-17 朝食
8時過ぎ、朝食会場へ。窓側の席からアイフェルの山並みが見えます。
右:朝食はビュッフェ型式ではなく、昔懐かしい質素な定食型式。
嬉しかったのは、右のレバー・ソーセージがあったこと。拡大しているのでボンレスハムのように見えますが、一緒に写っているスプーンの柄からボークビッツ位の大きさです。
昔、レバーペーストをパンに塗ってよく食べたことを思い出すな~。
3-4 Bis Köln ケルンまで
ドイツ9日目は、好きなアクション刑事ドラマのロケ地を訪ねてアイフェル山地をドライブし、ボンへ寄り道して、ケルンまで約113kmのドライブ。レンタカーをケルン・ボン空港の営業所へ返却します。到着地ケルンの天気予報は晴れ、最高気温17度、最低気温6度。
●観光とは無縁の集落に立ち寄る
写真3-4-1 写真3-4-2
ホテルを9時45分頃出発して西へおよそ4km。隣の集落Bad Münstereifel-Nöthenネーテンの中心部に建つSt.Willibrord聖ヴィリブロート。1115年創建の教会を取り壊して、1913年に建てられたロマネスク様式の教会。聖ヴィリブロートは、8世紀オランダの伝道者らしい。
およそ観光とは無縁の人口700人余の集落。木組みの家が多く残っています。
●直径100mの電波望遠鏡
写真3-4-3 写真3-4-4
次は19km走って、山中にあるエフェルスベルク電波望遠鏡を見学。
左:土曜日なので駐車場には大型二輪車がずらり。アイフェル山地のワインディングロードは、恰好のツーリング・コースらしく、多くのライダーを見かけました。
右:駐車場から800m近く歩いてたどり着きました。直径は100mなので、高さも100m以上ありますが、谷間に設置されているので、遠くからは見えません、2000年にその座を譲るまで29年間、世界でもっも大きい電波望遠鏡だったとのこと。左の白い建物は学習センター。子ども達が説明を受けていました。
●チーズケーキの昼食
写真3-4-5 アイフェル山地をドライブ 写真3-4-6 ここで昼食
次は37km走って、ボンへ。こんな山中なのに40km走るとボンの市街地なんて信じられない。
左:センターラインの無い山道を走ります。
右:道ばたにとても雰囲気のよいレストランHotel Restaurant Eifelstube in Binzenbachホテル・レストラン・ビンツェンバッハのアイフェルシュトゥーベがあって、このまま通り過ぎるのがもったいなくて、車をUターンさせて寄りました。
写真3-4-7 レストランのテラス 写真3-4-8 チーズケーキの昼食
レストランのテラスで、お昼代わりにチーズケーキとコーヒーで休憩。日本のチーズケーキの1.5倍から2倍近くあるので、十分食べごたえがあります(その分カロリーも!)。あまりにも心地よい気候とロケーションで頂く、美味しいケーキに大満足。こうなるとカロリーなんてどうでもよくて、ずっとドイツで暮らしていくらでも食べたい気分。一つだけ心残りはmit Sahne(生クリーム添え)にしなかったこと。ドイツの生クリームは甘くないので、ケーキとのコンビネーションが絶妙なんです。
●ベートーベンがハイドンに弟子入りするきっかけとなった建物
写真3-4-9 写真3-4-10
左:ボンの中心部から南へ約8km。バート・ゴーデスベルクBad Godesbergという地区にある結婚式場で、選帝侯マックス・フランツによって1792年に舞踏会用として建てられた新古典主義様式の建物Balhaus La Redoute。写真の左下で反射している案内板を読んで見ると・・・。
右:その案内板によれば、1792年ロンドンからウィーンへ戻るハイドンに、ベートーベンは、新築されたばかりのこの建物で「二つの皇帝用カンタータ」を披露。それをハイドンは褒め、後にベートーベンが弟子入りするきっかけになったらしい。
●ハリボーの産直店
写真3-4-11 HARIBO Fabrikverkauf Bonn 写真3-4-12 ハリボー特別塗装機
左:次は1.3kmほど走ってハリボーの産直店HARIBO Fabrikverkauf Bonnへ。ちょっとしたスーパーなみの広い店内は、多くの客であふれんばかり。レジに並んだ列の長さにうんざりして、何も買わずにトイレだけ借用して出てきました。昨年、デュッセルドルフ近郊のノイスにある同様の産直店に行ったときも土曜日の午後だったけど、これほどの客じゃなかった。
右:トイレの入口に掲げてあったドイツの格安航空会社TUIフライのボーイング737ハリボー特別塗装機のパネル。TUIfly.com(※、独語)を見ると金色に輝くゴールデンベア塗装色もあるようです。
写真3-4-13 ボン市内は快調 写真3-4-14 ケルン市内は渋滞
次はケルンの宿まで39km走ります。ハリボーの直販店を13時20分過ぎに出発。ナビの到着予定時刻は13時54分、所要時間33分と出ていましたが、ケルン市内に入ると、工事の影響もあって激しい渋滞。1時間10分ほどかかりました。それから宿の近くの立体駐車場を探したり、立体駐車場から宿まで移動したりしていたら、部屋に入ったのは15時20分頃。つまりハリボーの直販店から2時間かかった計算。
今回、繁華街に近い宿を選んだんですが、土曜日の午後ということもあって、車でたどり着くには裏目に出ました。ストリートビューで事前に宿到着までの予行演習はしていたんですが、実際に行動してみると難行苦行。土地勘のあるケルン中央駅裏のいつもの宿にしておけばよかった。
写真3-4-15 写真3-4-16
いよいよ最後のドライブ。レンカターをケルン・ボン空港の営業所に返却します。距離13km、所要時間13分。
左:ケルンを出るのは快調。ライン川に架かるゼベリンス橋を渡ります。
右:最後の給油。ところで、右後ろに写っている「DELTA TRANS」と書かれた三軸のトレーラーが日本では見かけない形だったので、気になって調べたところ、ポーランドの運送会社で、トレーラーは、ドルトムントの北およそ20kmのヴァルトロップにあるランゲンドルフLangendorf社製のガラス運搬専用トレーラー。同社は100年以上続くトレーラー専門メーカーらしい。同社のサイト(※、英語)に同じ型が掲載されています。
最後は渋滞もなく予定通りレンタカーを返却。9日で2,800kmを走りきりました。この後は、公共交通機関の1日乗車券を買って鉄道でケルンへ戻ります。
3-5 Ferienwohnungen Terri テリー休暇住宅
●繁華街に近いアパートホテル
写真3-5-1 写真3-5-2
左:ケルンの中心商店街の直ぐそばのアパートホテル。駐車場は無いので自腹で近隣の立体駐車場に停めることになります。正面玄関の直ぐその前に電停「Mauritiuskircheマウリティウス教会」があり、移動には便利。
右:宿の前の通り。道路きわに電停があります。ただ繁華街までは1電停なので、買い物の際に電車は使いませんでした。
写真3-5-3 ワンルーム 写真3-5-4 ワンルーム
左右:20帖くらいの広いワンルームに、ベッド、食卓、システムキッチンがあります。システムキッチンには、食器・調理器具・冷蔵庫・電子レンジなどフル装備なので長期滞在でも自炊できそう。日本のワンルームの2倍以上、日本人の感覚だと一人にはもったいない広さです。
右:シングルベッドがポツンと一つ置いてありますが、このスペースならツイン又はダブルベットでも置けそう。この広さ、設備で、繁華街に近くて55ユーロなら安い。ここを3泊予約しましたが、急遽2泊してデュッセルドルフへ移動。理由は後で掲載します。
写真3-5-5 ワンルーム 写真3-5-6 サニタリー
左:中央の扉を開けるとサニタリー。その右手のクローゼットにはアイロン、アイロン台も完備。
右:サニタリー。バスタブはなくシャワーブースのみ。
写真3-5-7 クローゼットのスリッパ 写真3-5-8 夕食
左:クローゼットにはドイツでは見かけないスリッパまであったので驚き。限られた経験ですが、記憶する限りドイツでスリッパまで置いてある宿はありません。
右:外大生が差し入れてくれたビールが残っていて、ケルンまで持ってきてしまいました。それで部屋食。もうケルン市民の気分です。左上のカレーソーセージ味ポテトチップスがドイツらしい味でお気に入り。
3-6 Köln ケルン
ドイツ10日目。ケルンでの主な目的は、好きなアクション刑事ドラマのロケ地探訪。ケルン市内を公共交通機関を使って回ります。ここではロケ地を回る合間にたまたま出会った気になる場所、モノなどをご紹介しますが、我々日本人が限られた時間で巡る観光旅行には役立ちませんので、お急ぎの方は読み飛ばしてください(笑い)。
写真3-6-1 ケルン中央駅前広場の階段でくつろぐ人々
時間を戻して、これは前日、土曜日の午後5時半頃のケルン中央駅前広場。大聖堂の前の階段では、多くの人がくつろいでいます。いつもながら人生を楽しむドイツ人を見ていると、自分の普段の余裕のない生活を見直さなきゃと思います。
写真3-6-2 レール削正車 写真3-6-3 STAR WARS IDENTITIES
ケルンの天気予報は雨、最高気温18度、最低気温10度。あいにくの天候だし、今日は日曜日なので、繁華街はひっそりしています。雨はまだ大丈夫みたい。
左:宿を出て直ぐ、近くのNeumarktノイマルクトで、目の前を見慣れない赤いトラムが通り過ぎます。側面には「Schienenschleifzug」と書かれていて、調べてみると「レール削正車(さくせいしゃ)」という、レール頭部の形状を適切に保つ保守用機械らしい。
右:市街地からライン川を越えて、ケルンメッセ側へ行きました。アドベンチャー・ミュージアムODYSSEUMのエキシビション「STAR WARS IDENTITIES」を紹介する看板。思わず「行くぞ!」と期待を膨らませてよく見たら、5月22日からとあります。残念ながら今回の旅行の後。来年もまだやっていたら行きたいな。公式サイト(※、独語)。
写真3-6-4 MEGABUS 写真3-6-5 niftylift社の高所作業車
左:ケルン・メッセの近くで、「1ユーロから」と大きく書かれたボディが印象的だったので、思わず一枚。調べたところMEGABUSはバス版ローコストキャリア。車両はベルギーのバスメーカー、バンホールのTD925 Astromega double-deckと思われます。「メガブス」と音だけ聞くと、「最大級のブス」みたいで愉快。
右:少し歩くとランクセス・アリーナの前で、これまた日本では見かけない、月面探査車みたいな自走式の高所作業車。これも調べてみると英国で1985年に創業したniftylift社のHR21(ブームリフト タイヤ式 屈伸型 21m)公式サイト(※、英語)。サンダーバード2号のコンテナポッドに格納された機材みたい。
写真3-6-6 Pyramidenpark 写真3-6-7 ケルン・メッセ
左:高所作業車を撮影して道の反対側に美しい公園があり、ちょっと入ってみたら墓地みたいだったので、直ぐに出て出ました。ところがこうやって旅行記を書きながら調べてみると「Pyramidenparkピラミッドパーク」という、 1.7ha(東京ドームのおよそ1/3)の公園らしい。
右:ケルン・メッセの前を通り過ぎます。2年前の旅行で近くのビル屋上の展望台から眺め、その広大な施設にのけぞりました。公式サイトによれば、東京ドーム6個分の28.4haの敷地に11棟の建物があり、東京ドーム2個分の10haに13,000台の駐車場と、とても巨大で、地上からはそのスケール感が分かりません。次は路面電車で西へ向かいます。
●ムンガースドルフ・スポーツーパークSportpark Müngersdorf
写真3-6-8 写真3-6-9
1.FCケルンのホームスタジアムであるライン・エネルギー・シュタディオンを見に来ました。調べてみるとこのあたり一体はムンガースドルフ・スポーツーパークといい、1936年にベルリンのオリンピック・スタジアムができるまで、ドイツ最大のスポーツ施設だったらしい。ザザーとネット検索した限りでは、敷地面積は分かりませんでした。
右:案内板の中心の赤い四角が、スタジアム。右端にはケルン体育大学のキャンパスの一部が描かれています。
●港湾施設の再開発ライナウハーフェン
ケルン中央駅・大聖堂からライン川に沿って南へ歩いて行くとライナウハーフェンという1898年に開かれた古い港湾施設があり、現在は、港湾機能が廃止された再開発地区です。観光客は、地区の北端にあるチョコレート博物館を訪れて、大聖堂方向へ折り返しますが、今回地元民ぶって、更に南へ散策します。
写真3-6-10 旧港湾局
旧港湾局Altes Hafenamtは、2013年に修復され、歴史的な外観を保ちつつ内部は現代仕様で、事務所ビルとして使われているようです。
写真3-6-11 写真3-6-12
左:旧港湾局の前には、鉄とガラスできた新しい見晴らし台のような建物があります。ガラス面には、港湾施設時代のモノクロ写真が貼り付けてあり、当時の活況を知ることができます。
右:更にライン川に沿って歩くと、旧倉庫群があり、今では店舗併用住宅に用途変換されて利用されています。
朝はまだ日が差していましたが、どんよりした曇り空に。ライン川沿いを冷たい風が通り抜けて、ダウンを着ていても肌寒くなってきました。
●元要塞の平和公園Friedenspark
写真3-6-13 一番堡塁
旧倉庫群を過ぎてケルン中央駅からライン川に沿っておよそ3.3kmの南橋まで南下しました。そのそばに旧市街地を取り囲んでいた要塞の14の堡塁(ほうるい、陣地)の一つ(一番堡塁、1830年築)が平和公園の中に残っています。
写真3-6-14 写真3-6-15 ジョン・レノンのイマジン
左:公園には藤棚があったり、迷路のような植え込みがあったり、丁寧に作り込まれています。
右:平和公園にふさわしいジョン・レノンのイマジンの歌詞がステンレス版に刻まれています。
ここで一旦宿にもどり、午後再び回ります。午後は本格的な雨になりました。
●聖ニコラウス St.Nikolaus 息を呑む美しさ
写真3-6-16 戦争記念礼拝堂
ケルンの旧市街の外側、中央駅から南西へ4kmほどの所にSülzズュルツという地区があります。19世紀半ばから発展し、移民が住み着いた地区。自分たちの地区にも教会をとのことで、1909年にネオ・ロマネスク様式で建てられた教会が、この聖ニコラウス。
堂内に入ってすぐ右手、1919年に造られたKriegergedächtniskapelle戦争記念礼拝堂には、ピエタ(十字架降架)をモチーフにした彫刻と、天井にはネオビザンチン様式のモザイク画があります。もしこれが日本にあれば重要文化財級だろうと、息を呑む美しさ。
写真3-6-17 写真3-6-18 内陣
左:バラ窓や玄関上の構成にゴシック様式の色合いを感じますが、全体的にはロマネスク様式を踏襲。
右:内陣。もともとロマネスク様式の教会は、窓が小さく薄暗い印象を受けますが、それを逆手にとってライトアップされたキリスト像。幻想的な空間に、名ばかりの仏教徒ですら頭をたれずにはいられません。
●キリスト教会 Christuskirche 共同住宅が取り囲む
写真3-6-19 写真3-6-20
ロケ地探訪の合間なので、場所が飛び飛びです。次は、旧市街地の北西のすぐ外側、新教のキリスト教会がありました。第二次世界大戦で爆撃を受け、塔だけが残り、仮設の本堂で長年やり過ごしてきたようです。コンパクトな本堂と、その両側に共同住宅を建設中。
右は工事現場の仮囲いに掲載してあった構想スケッチ。こんな組み合わせも有りなんだと、驚いた次第。
写真3-6-21 カイザー・ヴィルヘルム・リング
キリスト教会から少し中心部へ戻ると、かつて城壁があった場所に出ます。この付近はKaiser-Wilhelm-Ringカイザー・ヴィルヘルム・リングという名の大通り。一番手前の現代彫刻は「Gothaer-Brunnen ゴータ泉」
写真3-6-22 郷土料理店ヤン・フォン・ヴェル 写真3-6-23 地下鉄駅「市庁舎」
左:カイザー・ヴィルヘルム・リングを歩きながら、旧市街地へ入ってきました。旅行記をまとめつつ撮影した写真を整理していたら、雰囲気のよさそうな店があり、調べてみると店名をJan von Werthヤン・フォン・ヴェルトという飲食店(Christophstr. 44 · 50670 Köln)。店名の由来は17世紀の軍事指揮者の名前らしい。 公式サイト(※、独語)によると、地ビールを飲みながら郷土料理が食べられるみたい。まさしく地元民向けの店。観光客がこない、こんな店がいいんですよね。次回は是非訪れてレポートしたいな。
右:公共交通機関を乗り継いで、2012年12月にオープンしたばかりの南北新線の地下鉄「市庁舎駅U-Bahnhof Rathaus」へ来ました。
写真3-6-24 地下鉄駅コンコース 写真3-6-25 駅舎
南北新線は建設中なので、今のところ次のHeumarktホイマルクトが終点。そのため乗降客は少なめ。
左:地下2階のホームから1階上がったコンコース。デザインされた広い空間ですが、今はまだ閑散としています。
右:地上に出てきました。駅舎の外壁は、ドイツの町中では珍しく、木の横羽目板です。
●クリスマスシーズンに来てみたいオールド・マーケットと市庁舎 
写真3-6-26 アルター・マルクト
地下鉄駅前は、Alter Marktアルアー・マルクト(オールド・マーケット)。中央はJan von Werthヤン・フォン・ヴェルトの像。つまり、写真3-6-22の郷土料理店名。有名な歴史人なんですね
12月はクリスマスマーケットが開かれるらしく、「Alter Markt köln Weihnachtsmarkt」で検索すると、多くの画像がヒットしますが、この写真の構図と同じ写真が掲載されているこのサイト(※、独語)のリンクを張っておきます。幻想的な画像にそそられます。いずれ冬シーズンに訪れてみたい。
写真3-6-27 市庁舎
駅舎の左手に800年以上の歴史がある市庁舎があります。州の文化財に指定されているようです。
写真3-6-28 市庁舎塔 Der Rathausturm
市庁舎には1414年に建てられた高さ61mのゴシック様式の美しい塔があります。よく見ると人物像がたくさん張り着いていますが、1800年頃に外装のほとんどが風化で無くなり、更に第二次世界大戦で大破。1995年に124体の人物像と共に再建されたらしい。9、12、15、18時の1日4回、24種類のレパートリーの中からカリヨン(カロヨン)が鳴るようです。ロケ地探訪の合間に、たまたま寄っただけでした。市庁舎はケルンの代表的な観光地の一つなので、次回はじっくり見てみます。
次は終点のホイマルトまで1駅間だけ乗ります。駅で電車の到着を待っていたら、逆方向の中央駅へ向かう電車に、制服と私服の混成チームの検札官数人が乗り込みました。無賃乗車が発覚すると40ユーロの罰金。この新聞記事(※、独語)によれば、それでも3%近いDer Schwarzfahrer無賃乗車があるようです。そして2015年8月1日から60ユーロに上がったとのこと。Wiki.de(※、独語)によれば、罰金は刑法で決まっているらしい。
●地下鉄駅 ホイマルクト U-Bahnhof Heumarkt
写真3-6-29 地下2階のコンコース 写真3-6-30 遺跡の展示
地下鉄南北新線の現在の終点、ホイマルクト駅に到着。ホームは地下3階。
左:ホームから1階上がった地下2階のコンコース。宇宙船のような近未来のデザインの大空間です。今は平日10分おき、土日祝日15分おきの5番線が発着するだけなので閑散としていますが、将来を見越した計画らしい。
右:更にもう一回上がって、地下1階から地上に登る階段の一角に、遺跡か何かがガラス越しに見られるようになっています。ケルンは、1世紀にローマの植民都市になって以来2,000年の歴史があるため、どこを掘っても遺構だらけらしい。
ドイツ11日目は、ケルンでもう一泊の予定でしたが、翌日ドイツ鉄道のストが予想されたため、急遽、昼過ぎにデュッセルドルフへ移動しました。天気予報は晴れ、最高気温22度、最低気温13度で、昨日よりも過ごしやすそう。まずはケルンを旅立つまで。
●メルツェニッヒで朝食を
写真3-6-31 メルツェニッヒ 写真3-6-32 朝食
朝食は、宿の直ぐ近くノイマルクトにあるイートインできるベーカリー、メルツェニッヒMerzenichで、お茶とサンドイッチ、4.5ユーロ。月曜日の朝なので、店内には、通勤前のOLや、ゆっくり新聞を読んでいる高齢者などが。
ケルンの街角ではよく見かける黄色と黒の看板のベーカリー。公式サイトMerzenich Genussbäckerei(※、独語)によれば、1896年にベルンハルト・メルツェニッヒがケルンで創業。今は4代目で、ケルンを中心に数十店舗を展開。天然素材で伝統の味を守るベーカリーのようです。
味に鈍感な私の性格上「グルメ紀行」は書けません(笑い)。それでこのブログ(※、日本語)の助けを借ります。アップルパイと、しっとりタルトの中に、ライスプディングチックなものとチェリーが入ったパンも美味しいらしいので、次回は試してみたいな。
●聖アポステルン St.Aposteln ロマネスク様式の大教会
写真3-6-33
朝食を終えて通りに出ると、ヴォルムス大聖堂とマインツ大聖堂に似た大きな教会が見えたので、行ってみました。Wiki.de(※、独語)によれば、ケルンに12あるロマネスク様式の大寺院のひとつとのことで、10世紀初頭に創建されて、第二次世界大戦で戦禍を受け、1957年に復元されたとこのと。あいにく堂内は見る事ができませんでした。
写真3-6-34 アデナウアーの銅像 写真3-6-35
左:その教会前に西ドイツの初代首相アデナウアーの銅像があります。調べてみるとアデナウアーはケルン出身で40代でケルン市長を務めて、若くして頭角を現していたんですね。銅像は通りに向かって北向きに立っています。恐らくなにがしかの意味合いがあると思いますが、調べる余裕が無いので、またの機会に。
右:カメラを右に振ると、ノイマルクトの日常風景。
左端の黄色い看板は、大手コーヒー・チェーンTchiboチボー。ここのコーヒー豆は、Dallmayrダルマイヤーと並び、ドイツのオススメお土産ですが、写真を拡大してみると今は雑貨などいろいろなモノを売っているみたい。
中央は、魚介類専門のファーストフード店Nordseeノルトゼー。これもドイツではよく見かけます。
右端は、ホームページはありませんでしたがFacebook(※、独語)を見ると、Gertrudenhofゲルトルーデンホーフという地元民向けの飲食店。グルメじゃないのでおいしいそうな店を見つけきれませんが、飲んべえなのでおいしい酒が飲めそうな店には鼻が利くんです。次回は是非行ってみたい。
中央駅・大聖堂付近は観光客向けの飲食店が多くあります。ここは中央商店街の、ちょうど中央駅・大聖堂から対角線の反対側にあたるため、ほぼケルンの日常みたい。到着は大渋滞で苦労したけど、雰囲気は私好み。
一旦宿へ帰り、その中央商店街を抜けて、中央駅~ライン川まで行きます。
●中央商店街からホーエンツォレルン橋
写真3-6-36 中央商店街の歩行者天国シルダーガッセ
中央商店街の歩行者天国Schildergasseシルダーガッセ。月曜日のまだ9時過ぎなので、左の路上販売も旬の白アスパラを並べているところ。
写真3-6-37 レゴ・ストアー 写真3-6-38 レゴ・ストアー
左:シルダーガッセから中央駅・大聖堂方面へ、中央商店街のメインストリートHohe Straßeホーエ通りへ左折するとレゴ・ストアーがあります。店頭のディスプレイはスター・ウォーズ特集でした。
右:写真はT-65 X-Wing Starfighter179.99ユーロ(約2万4千円)。エピソードⅣでルーク・スカイウォーカーが搭乗し、デス・スターを仕留めます。写真右にエピソードⅣでダース・ベイダーが乗っていたTIE fighter199.99ユーロ(約2万7千円)も写っています。他にも幾つかあって、全て写真に納めましたが、スター・ウォーズについて書き出すと止まらないので、この2枚に留めます。
幼少の頃、プラモデルはできあがりが分かっていてつまらず、レゴ・ブロックでいろいろ創意工夫して遊ぶことが好きでした。出来上がりは、本人しか分からない幼稚なモノですけどね。今も、お決まりの観光コースを回るのがいやで、勝手気ままに旅行しています。「三つ子の魂百まで。」ですね(笑い)。
写真3-6-39 ホーエンツォレルン橋 写真3-6-40 愛の南京錠
中央商店街を過ぎて、ライン川に架かるホーエンツォレルン橋を渡ります。
左:橋を渡り振り返ってカメラを向けると正面にケルン大聖堂。
右:橋には「愛の南京錠」がぎっしり。数年前は橋の両端にまだ余裕がありましたが、今や橋の全長に渡って隙間を探すのが難しいくらい。では、宿へ向けてUターンします。
写真3-6-4 工事中の人工地盤 写真3-6-42 ローマ時代の遺構
左:画面中央左手がケルン中央駅のホーム上屋。道路を挟んでルートヴィヒ美術館の前は人工地盤を整備中。本来なら2014年末に完成しているハズですが、2015年5月現在まだ工事中でした。
右:大聖堂から少し南下するとTheo-Burauen-Platzテオ・ブラオエン広場にローマ時代の下水道施設Teilstück des Römischen Abwasserkanalsの遺構があります。案内板によれば、Kleine Budengasse小さな露店通りに沿って市庁舎まで深さ9mの下水路があるとのこと。古くから先進的な都市だったんですね。
写真3-6-43 無印良品 写真3-6-44 XL専門店
左:宿への帰り道、無印良品がありました。左から2番目は、甚平風の上下。腰ポケットには扇子が広げてあります。夏にこの服でドイツの町を歩けば目立つだろうな。でも私はガラス越しに通りの反対側にある「Jack Wolfskinジャック・ウルフスキン(ドイツブランド100選参照)」の黒字に黄色文字の看板が気になります。それと今気づきました。左から三番目の黒いパンツに私の下半身が、さらにグレーのシャツには、カメラを構える自分がゴーストのように重なっています。
右:ホーエ通りにあるドイツの大手量販店「C&A」のXL専門店。服は日本より1サイズ大きめです。つまりドイツのMサイズは、日本のLサイズくらいの大きさ。恐らくこの店も日本なら「XXL」に相当するのではと思います。私は「M」を着ますが、ドイツで服を選ぶなら「S」。30数年前「S」サイズの服は、商品が少なくて服選びに苦労しましたが、今は豊富にあります。
さて、この後ケルンにもう一泊し、明日の帰国当日ケルンからデュッセルドルフ空港へ鉄道で移動する予定でした。ところがドイツ鉄道のストが予想され、ケルンから空港までおよそ60kmをバス、タクシーで移動する手段もありますが、知人によれば、鉄道がストップした場合、高速道路も大渋滞する恐れがあるとのこと。無用な混乱を避けるため、急遽最後の一泊はデュッセルドルフに変更しました。
昼過ぎケルンを出発。デュッセルドルフの宿にチェックイン後荷物を置いて、明日行く予定だったブッパータールへ今日の夕方行きます。
3-7 Wuppertal ヴッパータール
ヴッパータールは、デュッセルドルフから東へ快速電車で約20分。ライン川の支流ヴッパー川のタール(tal、谷間)に位置する人口34万人の工業都市。
写真3-7-1 ヴッパータール中央駅 写真3-7-2 駅前商店街
ヴッパータール到着は夕方5時半頃。日没まではまだ時間があります。
左:ヴッパータール中央駅前は、歴史的な駅舎を残して大規模・広範囲に工事中。日本なら少々工事の効率が落ちても日常活動を優先しますが、ドイツでは一般的に工事の効率を優先している印象を受けます。
右:駅前商店街アルテ・フライハイトAlte Freihait
写真3-7-3 ヴッパータール・シティホール
中央駅にほど近い丘の上に、1900年に建てられたネオルネッサンス様式のシティホールStadthalle Wuppertalがあります。第二次世界大戦でこの都市も激しい空爆を受けたものの、この歴史的建造物は奇跡的に戦禍を逃れたそうです。撮影は午後5時37分。日中みたいな明るさに改めて驚きます。
●こんな乗り物も有りか
ではお目当ての懸垂式モノレールに乗ります。中央駅そばのモノレール駅でデュッセルドルフまでの帰りの共通乗車券を買い、モノレールの西側の終点Vohwinkel Schwebebahnフォーヴィンケルまでモノレールで行き、そこからドイツ鉄道の列車に乗り換えて、デュッセルドルフまで戻ります。モノレールは平日4分おき、土曜日6分おき、日祝8分おきに運行。今日は月曜日なので、頻繁に行き来しています。
写真3-7-4 空中散歩
文章は「列車に乗りました。」の1行で終わればいいんですが、しつこい性格が災いして、目にしたものを納得いくまで調べないと気が済まないので、独り言だと思って読み飛ばしてください。以下、公式サイトやWikiで調べた結果などを織り交ぜながら、文章を構成します。
終点までは所要時間15分。列車は終点でループを回り、大きな輪を一方通行でグルグル回っているイメージです。そのため運転台は先頭側しかありません。最後尾の客席に座り、流れゆく景色にカメラを構えます。
車両は、1970年製造の一編成あたり全長24メートル片側4ドア。一見すると2両編成みたいですが、間に短い車両が入っているため3連接車。最高速度は時速60km。車両幅2.2m、日本の中型バス(車両幅2.3m)を少し狭くしたくらいなので、コンパクトに感じます。
原語では、「Schwebebahn空中鉄道」といい、まさにヴッパー川の上空12mから見る風景は、足元の眺望が開けて独特のものです。
写真3-7-5 駅も河川上 写真3-7-6 終点近くは道路上を走行
左:駅も当然ながら河川上にあります。
100年前に開発された乗り物なので、乗り味は少々ゴツゴツした感じ。カーブを曲がるときは振子が振れるように、遠心力で最大15度傾きます。遊園地の回転ブランコみたいで、公共交通機関でこの乗り味があるのかと驚きました。
右:終点側の3.3kmは道路上の高さ8mを走ります。これなら用地買収なしに、既存の道路にも設置できそう。地下鉄ほどの輸送力を必要としなければ、建設費が抑えられ選択肢の一つかなと思います。ただ騒音や上空の車両からのぞき込まれると心配する、道路際の住民らを説得する必要がありそう。
写真3-7-7 揺れに注意 写真3-7-8 車両とホームに隙間があります
左:車内には、「下車の際、揺れるので注意」と書かれたステッカーが貼ってあります。確かに恐れるほどではありませんが、他の公共交通機関にはない「揺れ」があります。
右:揺れる前提だと車両とホームには隙間を設けざるをえません。日本の「列車とホームの間が広く開いた場所があります。」とは別の意味で、隙間があります。システム的にバリアフリー化は厳しいかなと思いますが、それは現代人の感覚であって、1901年に開通した独自のシステムが、今も1日あたり75,000人を運ぶ市民の足として使われていることに、100年以上前の先人達のパイオニア精神、勇気、努力に頭が下がります。技術者としては、困難があると分かっていても、こんな前人未踏の技術に挑戦する勇気を持てたら素晴らしい。
写真3-7-9 むき出しの駆動装置 写真3-7-10 ドイツ鉄道
左:凸.型のレールを凹の車輪が挟み込み、駆動装置はむき出し。ちょうど木製建具の1本敷居の上を戸車が転がるイメージ。頭上の大きな機械仕掛けに驚きました。
2016年から最新の技術を取り入れた新設計の車両に更新予定で、運転席の直ぐ後ろには車いすスペースが設けられるらしく、どのような仕組みになるのか、こりゃ全線走破(今回は総延長13.3kmのうち、西半分に乗車)も含めて、再訪したい。
右:終点でドイツ鉄道の普通列車に乗り換えデュッセルドルフへ戻りました。列車に乗ったのは18時半。まだまだ明るい。
デュッセルドルフ中央駅に到着後、鉄道とバスの空港アクセス便を確認して今日の行程は終了。
ドイツ最後の夜は、小じゃれた飲み屋でもと思い少し探してみましたが、駅構内は観光客料金で高めだし、駅前も土地勘がなく自分に合いそうな店を見つけきれませんでした。早朝から1日歩き回って疲れはピーク。とことん探す気力も体力も残っていません。それで駅前のインビスで軽く食べて、駅の売店で買い物して宿へ戻りました。
3-8 Best Western Ambassador Hotel Düsseldorf
ベストウエスタン・アンバサダー・ホテル・デュッセルドルフ
●駅に近いビジネスホテル
写真3-8-1 外観 写真3-8-2 客室
このホテルを、ネットの宿泊予約サイトで予約したのは宿泊当日の午前。突然の予約をフロントも理解しているらしく、「ストを避けて早めに移動してきた。明日のデュッセルドルフ空港発の飛行機で日本へ帰る。」と言ったら、「それは賢い選択だ。」との答え。
左:デュッセルドルフ中央駅から徒歩3分。立地で選びました。外観は隣接の建物と一体化して、どこまでがホテルか分からないですね。
右:ズバリ都市型ビジネスホテル。1泊朝食付き57.90ユーロ(7,800円)。シングルと変わらない値段で、ツインに一人で泊まりました。世界各国に展開しているベストウエスタンなら質的に安心感があります。
写真3-8-3 客室 写真3-8-4(1)
写真3-8-5(2) 写真3-8-6(3)
左:時刻は20時11分。TV画面は何だろうと思って拡大してみたら「ARD放送のTagesschau(NHKの夜7時のニュースに相当)」でした。
右:これを飲み食いしなくては日本へ帰れないという厳選三品で部屋飲み。客室に冷蔵庫があったので助かりました。ひとり旅だと、飲食店へ行っても連れがいないともてあますので、こうやって部屋飲みが、TVを見たり、パソコンでネットしながら好き勝手に酔えるのでいいみたい。
ただ2年前の旅行では、ケルンの宿で酔っ払った状態でパソコンを操作していたら、うかつにもウィルスの侵入を許してしまった苦い思い出があるので、「パソコンの飲酒運転」も要注意ですね。エ~、パソコンの操作を誤るほど飲んだんですか?と我ながら思い返すと呆れます。
(1)フランチスカーナ白ビール。できれば瓶ビールにしたかったけど、デュッセルドルフ中央駅構内の売店ではこれしか見つけきれませんでした。
(2)ポテトチップス・カレーソーセージ味。もともとポテチは大好きなので、それに輪をかけてドイツらしい味付けで大満足。
(3)フランケンの辛口白ワイン。本来の好みはもっと辛口ですが、店頭にあるもので妥協しました。なお一晩でフルボトル1本くらい軽く飲んじゃいますが、連日飲んでいるので飲み過ぎないよう小瓶で我慢。一人旅だけど羽目を外さないよう節制しているでしょう(笑い)。
写真3-8-7 朝食 写真3-8-8 客室からの眺め
左:翌朝、ドイツ最後の朝食。ビュッフェ形式なので、お昼の分まで食べるつもりでガッツリ。
右:客室からは、トラムが見えます。デュッセルドルフのトラムは突き出したバンパーが特徴的。
写真3-8-9 エレベーター廊下側 写真3-8-10 エレベーター内側
左:ホテルのエレベーター。ドイツでへときどき見かける部屋のドアを開けるように、手動で扉を開けるエレベーター。
右:かご側の内扉は、自動の両開折戸。上下動も含め、一昔前のロボットが動いているみたいでぎごちない。日本のなめらから動きで安心感たっぷりのエレベーターに乗りつけていると、何時止まってもおかしくないような不安を感じます。
3-9 Düsseldorf デュッセルドルフ
ドイツ12目、いよいよ帰国日。ホテルを10時にチェックアウトして、中央駅へ行きました。旅客列車は動いています。中央駅から空港までは電車・バスとも所要時間数十分。フライトは20時なので、1日たっぷりデュッセルドルフを回ります。天気予報は小雨、最高気温21度、最低気温16度で、大雨にならなければ何とかなりそう。結果として、曇り空、素晴らしい快晴、強風、スコールような土砂降りと、めまぐるしく変わる1日でした。
デュッセルドルフは、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都、人口60万人、欧州における日系企業の拠点なので、ビジネス都市のイメージが先行していましたが、歩いてみると緑溢れる魅力的な都市でした。
今日はトラムでメディア・ハーバーまで行き、徒歩で中央駅まで戻りながら好きなアクション刑事ドラマのロケ地探訪と観光です。この日1日で310枚の写真を撮影しました。その中から厳選してご紹介します。
写真3-9-1 デュッセルドルフ中央駅前
中央駅前からトラムの719番線に乗り、最後部から流れゆく景色をカメラに納めます。
写真3-9-2 ハロルド通り 写真3-9-3 H&Mの広告
左:Haroldstraßeハロルド通り。ストリートビューの2008年10月の画像にある併用軌道のアスファルト舗装は剥がされ、専用軌道になっています。正面のGraf-Adolf-Platzグラフ・アドルフ広場に建つ卵形のビル(Ernst&Youngアーンスト・アンド・ヤング会計事務所が入居)の近未来的なファッサードが印象的。
右:電停に掲示してあったH&Mの等身大の広告。毎年の事ですが、夏に向けた大胆な広告。
写真3-9-4 ノイッサー通り 写真3-9-5 終点
左:トラムは左折しNeusser Straßeノイッサー通りを南下します。緑化された軌道が美しい。正面はライン川を渡るRheinkniebrückeラインクニー橋の高架、その奥はノルトライン=ヴェストファーレン州文部科学省Ministerium für Familie, Kinder, Jugend, Kultur und Sport des Landes Nordrhein-Westfalenのビル。
右:終点Medienhafen, Kesselstraßeメディアハーバー・ケッセル通りに着きました。写真中央、ビルの合間からわずかにラインタワーが頭を出しています。左手のガラス張りの丸いビルは、ストリートビューの2008年10月の画像には無いので、新築。ここから左手奥に見えているホテル・ハイアット・リージェンシー方向へ歩いて行きます。
●デュッセルドルフの新名所メディアハーバー Medienhafen
かつて港だったところを、人が集まる賑わいのある空間に再開発中。
写真3-9-6 古風なデザインの新築ビル 写真3-9-7 古風なデザインの新築ビル
左:Speditionstrßeシュペディツィオン通りにネオ・ロマネスク様式風のビルがありました。
右:側面に回るとガラス張りの外壁が見えたので、古いビルの外壁を活かした改修だろうかと思いましたが、やはりストリートビューの2008年10月の画像では更地なので新築ビル。
ただゼロからのデザインではなく、モチーフがあると思いますが、それでも高さの割に軽快な感じがするし、柱のそばに明かり取りのような縦長の窓があったりと、現代風にアレンジされているようです。
写真3-9-8 ビルの屋上にロボットの頭? 写真3-9-9 ビルの屋上にロボットの頭?
港(地図ではデュッセル川と記載)の対岸にあるビルの塔屋が、テレビアニメの巨大ロボットの頭にしか見えないんですが・・・
写真3-9-10 ボードウォーク 写真3-9-11 個性的なビル群
左:護岸はボードウォークになっています。
右:カメラを右へ振るとそれぞれ個性的な色使いのビル群。
写真3-9-12
ホテル・ハイアット・リージェンシーまで来ました。正面にはラインタワ-、右手には世界的な建築家達による斬新なビルが見えます。ラインタワ-には2011年4月に登ったので、今日は登りません。
写真3-9-13 写真3-9-14
左:振り返ってハイアット・リージェンシー他が入居するツインビルの足元にレストランとして使われている球体があります。規模の割にコストはかかっていそう。
右:鉄骨のく体とガラスの屋根・壁で構成された附属家が建物本体から突き出しています。まさに現代建築を表した材料とデザイン。ただ用途が不明でした。
写真3-9-15 Roggendorf-Haus 写真3-9-16 建築家の家
左:ツインビルの前に架かる人道橋を渡ると、右手に恐らく地元市民なら知らない人はいないだろうと思われる巨大な人物のオブジェがたくさん張り付いたビルRoggendorf-Hausロゲンドルフ・ハウスが見えます。アイデア、実行力、資金、強力なリーダーシップがないと実現できないでしょうね。
右:更に歩いて行くと、玄関に「Haus der Architekten(建築家の家)」と書かれたビルがありました。このときは外観のみ撮影して次へ向かいましたが、Wiki.de(※、独語)などによると、州建築家協会の情報発信センターでもあり、開かれた施設らしい。もし次に行くチャンスがあれば訪れてみたい。
写真3-9-17
今歩いてきた方向を振り返ります。右手にハイアット・リージェンシー他が入居するツインビル。写真中央は歩いて来た人道橋。あっという間に曇り空からすがすがし青空になりました。
写真3-9-18 写真3-9-19 ARD放送局
左:外壁がステンレス張のビルがあって、一人旅だと自分の写真が少ないので、1枚。外壁がカーブしていて凸型なので、実際よりスリムに写って嬉しい。
右:ラインタワ-の足元にARD放送局(日本のNHKに相当)がありました。どうりで、この局が製作するソープドラマのロケがこのあたりで多くあるハズだ。
●ライン河畔~旧市街
写真3-9-20
ライン川河畔へ出てきました。この付近は市民の憩いの場。
この地下に自動車道のトンネルがあるとは信じられない。4年前に州政府ビルの下にあるトンネルへ吸い込まれてく車を見て驚いたものです。
写真3-9-21 カフェで休憩 写真3-9-22 カフェで休憩
11時半、あまりにも心地よいロケーションにライン川を眺めるカフェKITCafeのテラスで休憩。確かバナナシェイクか何かだったと思いますが、記録していないで今となっては思い出せません。
写真3-9-23 ヴィラ・ホリオン 写真3-9-24 広告塔
左:カフェのそばに歴史的な建造物がありました。Wikiなどによれば1911年に新古典主義様式で建てられた州知事の居宅で、当時の知事Johannes Horionヨハネス・ホリオンにちなみVilla Horionヴィラ・ホリオンと呼ばれるそうです。その後変遷をたどりながら、2001年に州議会と州議会議長の別館へと全面改装。新聞報道などによれば、州の歴史博物館に衣替えする計画もあるらしい。
このままライン川に沿って散策しながら北上したいところですが、ロケ地巡りの関係で一旦ケーニヒスアレーへ行きます。
右:デュッセルドルフ名物、人形アートが載った広告塔。
写真3-9-25 シュペーシャー・グラーベン 写真3-9-26 シュペーシャー・グラーベン
Haroldstraßeハロルト通りを東へ進むと、旧市街の外堀だったSpee’scher Grabenシュペーシャー・グラーベンという池に出ます。人慣れしたカモが可愛い。
写真3-9-27 ケーニヒスアレー(通称ケー)
幅約82mの通り中央に直線約650mの堀がある美しい大通り。ここを半分ほど北上して再び西へ、ライン川へ向かいます。
写真3-9-28 マックス教会 写真3-9-29 マックス教会
途中18世紀に建てられたバロック様式の教会St.Maximilian聖マクシミリアンがありました。地元ではもっぱらMaxkircheマックス教会と呼ばれているとのこと。
中へ入るとバロック様式の教会でありながら、南ドイツの派手な装飾と比べると質素です。恐らく戦災を受けているはずなので、もともとの様式に完全復元したのか、それとも復元にあたり簡易的に復旧したのか、ネットでざっと検索した限りでは分かりませんでした。
写真3-9-30 マリーエンゾイレ 写真3-9-31 シュペーシャー・グラーベン
左:マックス教会近くの公園になにやらモニュメントがありました。とりあえず撮影し、旅行記を書きながら調べたものの、なかなか情報がヒットせず、少し時間を要しましが、なんとかMariensäuleマリーエンゾイレと判明。Wiki.de(※、独語)によれば、1873年に設置された星の後光を冠したマリア像。
Säuleゾイレとは円柱。ゾイレを聞いて真っ先に思い出すのはベルリンにあるジーゲスゾイレ戦勝記念塔(2012ドイツ家族旅行4/5>4-7その他の見所)。
右:写真3-9-25・26で紹介したシュペーシャー・グラーベンがここまで続いてます。晴れ渡る天候のもと親水性の美しい公園に、足を止めてのんびりしたい気分。
写真3-9-32 アルター・ハーフェン(旧港)
Alter Hafenアルター・ハーフェン(旧港)へ来ました。帆船が浮かんでいます。正面はライン川。
左手の青い建物は映画博物館。
写真3-9-33 映画博物館 写真3-9-34 陶器博物館
映画博物館(左)と陶器博物館(右)が並んで建っていて、両方とも見ましたが、限られた時間だったため、できれば1日かけてじっくり見たいものです。
陶器博物館の入口には、「Hetjens Museum」と看板が架かっています。これはデュッセルドルフの収集家であり、自らも発掘調査にあたったLaurenz Heinrich Hetjensローレンツ・ハインリッヒ・ヘトイェンス(1830-1906)の遺産をベースに1909年に開館したことから。約8,000年前の古代から現代に至おびただしいコレクションに圧倒されました。
写真3-9-35 昼食 写真3-9-36 昼食
左:ライン川に出てきました。時刻は14時過ぎ。昼食の時間帯が過ぎ、雲行きも怪しくなって、誰もいないレストランのテラス席。もしや夕方まで閉店だろうかと思い、店員に尋ねたら、「お好きな席へどうぞ」と案内されたので、広いテラス席を独り占め。
右:アスパラのクリーム・スープSpargelcremesuppe6.5ユーロを注文。白ビールKönig Ludwig Weissbier4.6ユーロ。料理にビールを付け合わせているのか、ビールのつまみで料理を付け合わせているのか・・・、この先、生の白ビールを飲めるは1年後なので、やっぱり飲みたいですね(笑い)。
飲み食いしていたら、天候は急激に下り坂。突然強風が吹き出し、椅子が倒れたりして店員さんは大変そう。
写真3-9-37 ライン川南方向 写真3-9-38 ライン川北方向
左:ライン河畔へ。南方向(上流側)にカメラを向けると、今歩いて来たラインタワー方向が見えます。
右:北方向(下流側)にカメラを向けると、オーバーカッセラー橋。更に北へ歩きます。
写真3-9-39 写真3-9-40 ブルク広場
左:城の塔(帆船博物館)とその背後にある聖ランベルトゥス教会の塔、そして左端にはJosephskapelleヨセフ礼拝堂。手元の日本語のガイドブックには、ヨセフ礼拝堂が掲載されていなかったので、この写真を撮影したとき、実は二つのお堂があるにもかかわらず、聖ランベルトゥス教会だけしか認識していませんでした
右:カメラを右へ振るとブルク広場。毎年5~6月に開催される「日本デー」のメイン会場らしい。立ち並ぶ木々の葉は落ちた状態ですが、夏には緑豊かな漏れ日のテラス席となるようです。こんな屋外レストランで地ビールを飲んだら日本へ帰りたくなくなるだろうな。
写真3-9-41 ヨセフ礼拝堂 写真3-9-42 ヨセフ礼拝堂
左:歩いて行った先にあったお堂に入ります。つまり、この時点で私はここを「聖ランベルトゥス教会」だと誤認していました。その前に立っている広告塔には「Europa Park Europas beliebtester Freizeitpark ヨーロッパ・パーク 欧州で最も人気のあるテーマパーク」と書かれています。観光地にこの広告は効果的でしょうね。
右:天井画が美しいバロック様式の可愛いお堂。
写真3-9-43 聖ランベルトゥス教会 写真3-9-44 聖ランベルトゥス教会
バロック様式お堂を出ると、その右にレンガ造ゴシック様式の教会がありました。こちらが聖ランベルトゥス教会。
では、さっきのバロック様式のお堂は?と思いましたが、先を急ぐので、疑問を残したまま。こうやって旅行記をまとめつつ調べたら、1棟目は「ヨセフ礼拝堂」だと今になって分かった次第。疑問が晴れてよかった。
写真3-9-45 (1棟目)ヨセフ礼拝堂
写真3-9-46 (2棟目)
聖ランベルトゥス教会
1棟目のヨセフ礼拝堂は、Wiki.de(※、独語)などによれば、修道院附属の礼拝堂として1716年に建てられ、1943年に戦災を受け1950年代に再建。内部の修復は1989年から1996年までかかり、天井画(右)は1995年にインスブルックの画家がネオロココ様式(後期バロック様式)で新たに描いたものらしい。芸術家ではない素人判断でも、このお堂に合致し、300年前の絵画と変わらない美しさです。それと歴史的建造物を後世に伝えたい、というのも凄いエネルギーを感じます。
2棟目の聖ランベルトゥス教会は、Wiki.de(※、独語)などによれば、1394年に完成。祭壇前の地下室は王家の墓が作られ、戦災で屋根が大破し、戦後再建されたとのこと。
祭壇の前に 黄金に輝く聖櫃(せいひつ)があります。調べたところ、西暦200年頃北イタリアのラヴェンナの初代司教となった聖アポリナリス(聖ペテロの弟子)の聖遺物を、14世紀のデュッセルドルフが取得し、この教会を建てて聖櫃に納め、聖アポリナリスを街の守護聖人としたとのこと。
写真3-9-47 市庁舎 写真3-9-48 ボルガー通り
左:市庁舎とヨハン・ヴィルヘルム2世騎馬像。市庁舎は1573年に建てられたルネッサンス様式の建物。詳細は調べていませんが、右半分がオリジナルに近い様式でしょう。左半分はそれに似せて造った現代建築に見えます。
騎馬像は1711年に設置されたもので、300年の歴史があります。なぜヨハン・ヴィルヘルム2世(1658年-1716年)の騎馬像がここにあるのか。調べれば調べるほど迷路にはまり込むみたい。一言でいえば、「ライン地方の支配者で、皇帝選挙権をもつ選帝侯7人の一人」かな。
右:市庁舎の前のボルガー通りへ入ってきました。このあたりは雰囲気のよい飲食店街だな~、と飲みくいするイメージを膨らませていたら、右側にあるハズのハインリッヒ・ハイネの生家を見過ごしてしまいました。
写真3-9-49 銀行ATM 写真3-9-50 ケーボーゲン
左:フンスリュッケン通りの角にある銀行ATM。自動販売機のような気軽さで並んでいます。衆目にさらされることで、安全を確保する思想でしょうか。それと日本のように台風のような暴風雨が少ないので、雨風をあまり気にする必要がないのかな。
右:これまたうって変わって斬新な現代建築と水辺。ビルはケーボーゲンKö-Bogenという2013年9月に竣工した商業事務所複合ビル。計画図を見ると、傾斜窓部分は壁面緑化されていて、将来的には緑が成長して緑の帯になる事でしょう。
水辺の左手はホーフガルテンという広さ27.7ha(東京ドーム6個分)の広大な公園。市民の憩いの場らしい。日本との交流が深い都市なので、桜が植えられているとのこと。
写真3-9-51 コルネリウスの銅像 写真3-9-52 ドライシャイベンハウス
左:カメラを公園へ向けたら、立派な銅像があります。調べたところ、19世紀に活躍したデュッセルドルフ出身の画家ベーター・フォン・コルネリウスの立像Statue für Peter von Corneliusでした。
右:これも斬新なビルだなと思って撮影しました。調べてビックリ。1960年に大鉄鋼会社テュッセンが建てた26階建ビルで、現在はDreischeibenhausドライシャイベンハウスと呼ばれています。外観を見る限りとても50年以上も経ったビルとは思えません。
ドライシャイベンとは、三つの薄いスライス片。まさしくビルの有形的特徴を表した名前。正方形のビルと比べると、こんなに細長いビルは、風への抵抗力のために、構造にコストがかかり、技術的な難易度も高いはず。元大鉄鋼会社の社屋との事なので、社の威信をかけて建設したんだろうなと思います。
実は34年前のドイツ滞在時に使った「ドイツの旅 ブルーガイド海外版」にも「テュッセン高層ビル」として紹介されていて、当時22歳の大学生だった私は、この建物を見ているハズなんですが、建築専攻で有りながらまったく記憶にありません(笑い)。
実は、このあたりをうろついた目的は、ドライシャイベンハウスの右側に写っている市立劇場が、好きなアクション刑事ドラマのロケ地だったため(ロケ地探訪第五弾その2>52-3デュッセルドルフ市立劇場参照)。この建物も斬新な建築様式が議論を呼んだらしい。
写真3-9-53 ヴィルヘム・フォン・シャドウの胸像 写真3-9-54 全長60mのトラム
左:少し歩くとSchadowplatzシャドウ広場にヴィルヘム・フォン・シャドウWilhelm von Schadowの胸像があります。調べてみるとベルリン出身の19世の画家で、1862年にここデュッセルドルフで没。ちなみに胸像には「W v SCHADOW」と書かれています。略称に戸惑いましたが、フルネームが分かると納得。
右:ケーボーゲンをバックに、工事中の路面を5連接の車両が二つつながって蛇のようにウネウネと走ります。Wiki.de(※、ドイツ語)によれば、NF8Uと言う型式で1編成の長さは30m。それが二つつながると60m。JR在来線は標準で1両20mなので、JR在来線の3両編成がぞろぞろと市街地を走っている様相。ちなみに長崎の路面電車で一番長い5000形は3連接で16.3m。
写真の左端に、進入禁止の道路標識とその下に電車の絵と「frei(英:free)」の文字。こんな砂利道に車は進入しないと思いますが、工事が終わればアスファルト舗装をかけるみたいだし、軌道の先はトランジット・モールなので念には念をということかな。
●マルチン・ルター広場 Martin-Luther-Platz
写真3-9-55 州法務省とヴィルヘルム1世騎馬像 写真3-9-56 ビスマルク立像
Martin-Luther-Platzマルチン・ルター広場に立つと、州法務省、初代ドイツ皇帝ヴィルヘルム1世の騎馬像、ビスマルクの立像、ヨハネス教会があり、手元のガイドブックにはとりたてて記載されていませんが、歴史的な一角と感じカメラを向けました。
左:Justizministerium州法務省。公式サイト(※、ドイツ語)によれば、ベルリン新古典主義による1870年築の建物で、140年にわたって法務に使われいるとのこと。
法務と聞くと身が引けますが、左右対称の端正なファッサードで明るい印象を受け、どこか王侯貴族のヴィラ(別荘、田舎の屋敷)みたい。
建物の前にはヴィルヘルム1世の騎馬像があります。Wiki.de(※、独語)によれば、もともと現在のハインリッヒ・ハイネ・アレーに鎮座していたものをここへ移し、その際、正面を向き合って建っている州法務局とヨハネス教会の対称軸上に、教会に向かって据え付けられたとのこと。
写真3-9-57
右:そしてヴィルヘルム1世が首相に任命したビスマルクの立像も近くにあり、立像の足元には、ビスマルクに負けないくらい大きな男女の着座像があります。
Wiki.de(※、独語)によれば、この立像もハインリッヒ・ハイネ・アレーから移されたらしい。男性像は戦士で、ドイツの軍事的統一を表し、反対側の女性像は、ハンマーを持ち、足元にはアンカーが置かれ、ビスマルクが在任中に推し進めたラインおよびルール地方の工業化を表しているらしい。
写真3-9-58 ヨハネス教会とヴィルヘルム1世の騎馬像
広場をはさんで州法務省の反対側に堂々とした教会があり、教会に向かってヴィルヘルム1世の騎馬像があります。教会は、ネオロマネスク様式みたいですが、独特の雰囲気を醸し出しています。これもWiki.de(※、独語)によれば、1881年に建てられた新教の教会。塔の高さは87.5m。
建築様式は、「Rundbogenstilルンドボーゲン(円形アーチ)]様式」という、ドイツ独特のネオロマネスク様式の一つ(注1)。
教会へ入ると、カフェがあり、その奥の礼拝堂は白一色で外観とは対照的。この時、一時的に土砂降りで、傘を持っていましたが、雨宿りしました。こんな時でも、傘も差さずヤッケのフードだけで歩く人も多くて、ドイツらしい。
注1:三宅理一 1981 ドイツ建築史<下> 相模選書
写真3-9-59 ドイツ統一の広場 写真3-9-60 グラーフ=アドルフ通り
左:ベルリナー・アレーを南下し、シュタイン通りとの交差点にある「Platz der Deutschen Einheitドイツ統一の広場」へ来ました。広場の中心にはMack-Brunnenマック泉と呼ばれるアーティストHeinz Mackハインツ・マックがデザインした噴水があります。3角形のプレートの間から噴水が上がる、見たこともない形です。
背後はDeutsche Bundesbank - Hauptverwaltung in Nordrhein-Westfalenドイツ連邦銀行-ノルトラインヴェストファーレン州本部が入居するビルらしい。
右:ベルリナー・アレーを南下し、グラーフ=アドルフ通りと交差点まで来ました。写真左前方は、ハロルド通りで、今日のスタート、写真3-9-2で紹介した卵形のビルがあります。つまりデュッセルドルフの中心部を一回りしてスタート地点に戻ったことになります。
写真3-9-61 百貨店カウフホーフ 写真3-9-62 ナルトのフィギア
左:カメラを右へ振ると、百貨店カウフホーフですが、工事中なのか養生シートで様子が分かりません。
右:カウフホーフの道路をはさんだ反対側にホビーショップがあり、その店舗のショーウィンドウにナルトのフィギアが展示してありました。異国で日本語のパッケージを見ると嬉しくなります。
写真3-9-63 マクドナルド 写真3-9-64 デュッセルドルフ中央駅
左:カウフホーフの隣に、マクドナルドがありました。店構えがクラシックなので、ここで食べるハンバーガーは味が違うんじゃないかと錯覚しそう。
右:ホテルに預けていた荷物をピックアップして、デュッセルドルフ中央駅へ。列車は動いています。16:23発のSバーン(近郊電車)の11号線に乗り、空港ターミナル駅まで12分。
3-10 Düsseldorf Airport デュッセルドルフ空港
ドイツ語のWikiでは、ドイツ語のFlughafen Düsseldorf Internationalではなく、英語表記だったので、このページでも英語表記としました。
デュッセルドルフ空港は、フランクフルト空港、ミュンヘン空港につぐ、ドイツ第三位の利用客数1,800万人。これは、福岡空港、新千歳、関空(いずれも1,900万人台)と同等クラス。
写真3-10-1
空港到着は16時半過ぎ。フライトは20時ちょうどなので、3時間ほど時間があります。初めて利用する空港は、「探検」の対象なので、早めに来ました。まずは探検のターゲット「スカイトレイン」を見学に行きます。
写真3-10-2 スカイトレイン 写真3-10-3 スカイトレイン・ホームドア
スカイトレインは、空港ターミナルビルと鉄道の空港駅間2.5kmを結ぶ懸垂式モノレールとして2002年に開通。
写真3-10-4 スカイトレイン路線図
左から空港駅-駐車場駅-空港ターミナルAB-空港ターミナル
空港ターミナルには停留所が二つありますが、これはフランクフルト国際空港のようにターミナル・ビルが二つあるわけでなく、ターミナルビルがドーナツを1/4にカットしたような長い円弧形なので、複数の停留所が設けられています。感心するのは路線図下のピクトグラム。空港駅ではDBドイツ鉄道とSバーンに接続。駐車場駅では立駐4・5と青空の駐車場に接続、空港ターミナルCではSバーンに接続している事が分かるなど、直感的に理解でき分かりやすい。
路線図の右側空港ターミナルCの先が不自然に空いています。この先、メッセ駅、エスプリ・アレーナ駅が計画されているとのと。
写真3-10-5
デュッセルドルフ中央駅からのコースで整理すると、
1.中央駅-S11号線-空港ターミナル駅Düsseldorf Flughafen Terminal(今回乗った乗り換え無しのコース)
2.中央駅-S1号線-空港駅Bahnhof Düsseldorf Flughafen-スカイトレイン-空港ターミナル駅(空港駅乗り換えコース)
どちらでも1枚の乗車券で空港まで行くことができます。
右は空港に掲げてあった路線図。空港駅は、DBドイツ鉄道の駅なので、ICEなど一部の長距離列車も停まるようです。
スカイトレインは、ヴッパータールの懸垂式モノレールを研究して設計されたことがアリアリ。写真にはうまく撮れませんでしたが、列車が到着すると、車両が振れないよう、がっちり固定するようになっていました。他にも無人運転、ホームドア、軌道のカバー(メンテナンスコストを下げる)など、素人目にも先進性が分かります。最高速度は50km/時。
重いスーツケースを持っていたので、乗り換え無しのS1で来て、スカイトレインには乗りませんでした。ところでスカイトレインは有料か無料か。空港ターミナル駅には券売機がありました。公式サイト(※、独語)によれば、各種乗車券や空港駐車場の駐車券をもっていればOK。もしスカイトレインだけに乗ろうとすれば乗車券を買う必要がありそうですが、その場合でも航空券にスカイトレインの運賃も含まれている場合があるので、旅行社にお尋ねください、と書いてあります。私のようにこれから飛行機に乗る利用客は無料なのかな。
写真3-10-6 コンコース
左側の階上にスカイトレインが走っています。右側が搭乗口。
写真3-10-7 写真3-10-8
左:階上へ上がってみると、キリンと象が合体したようなモニュメント。
右:搭乗口の横は、ショッピング、飲食ゾーン。寿司バーや、私が好きなジャック・ウルフスキンの店舗も。
18時になったので、その中から、エプロンや滑走路が見えるイタリアンに入りました。
写真3-10-9 写真3-10-10
左:ドイツ最後の食事です。ピザ・マルゲリータ6.2ユーロ。生ビールはメニューには0.3リットルしか書いてありませんでしたが、大を頼んだら注文に応じてくれました。Peroni ペローニ0.5リットル4.8ユーロ。ペローニはイタリアのブランド。
写真3-10-11
右:窓の外には、エア・ベルリンのボーイング737。ピンぼけして判断しづらいのですが恐らく186席の800だと思います。ただエア・ベルリンは144席の700も所有しているので、間違っていたらゴメンナサイ。少なくともエアバスじゃないみたい。エア・ベルリンは日本ではあまり馴染みがありませんが、ドイツの格安航空会社で、ヨーロッパで4番目の規模をもつ航空会社グループとのこと。
搭乗口の近くのカフェテリアで、19時前に撮影した写真(右)がドイツ最後の1枚。
この後、1年前の2014年3月に就航したばかりのANAデュッセルドルフ~成田直行便に乗ります。エコノミー3列シートの通路側。幸い中央席が空席で、横に人がいなかったのでよかった。
日が変わって成田から福岡へ飛び、高速バスで長崎へ無事帰り着き、14日間の旅行を終えました。
3-11 Nachwort あとがき
●2000年の歴史を持つケルン
写真3-11-1 聖ゲーレオン教会
2014年5月撮影
4年ほど続けてケルンの街を丹念に歩いていますが、ケルンは大聖堂だけじゃないんだと感じます。
昨年訪れた聖ゲーレオン教会は、10角形のホールを持つ大きなロマネスク様式の教会で、中小都市なら間違いなく大聖堂クラス。
【参考】2014ドイツ一人旅(3/5)>3-5 ケルン>聖ゲーレオン教会
上で紹介した写真3-6-16の聖ニコラウスのピエタも印象に残っています。
市街地を歩くと、2000年の歴史がある都市なので、古代から現代まで、日本のガイドブックには載っていない多くの名所・旧跡があり驚きました。ただ広い市域に文化遺産が散らばっていて、観光して回るには効率が悪いし、同じ時間をかけるなら、たくさんある博物館、美術館を巡ったり、ホーヘ通りでショッピング・飲食を楽しんだ方がよいでしょう。
それでも一箇所だけお薦めしたのは、ケルン・トライアングルの展望台。大聖堂のライン川をはさんで対岸にあるビルの屋上103mが展望台で、360度絶景です。5月~9月は23時まで、10月から4月までは20時までオープン。次回は夜景を見てみたい。
【参考】2013男3人ドイツ旅(4/5)>4-7 ケルン市内>ケルン・トライアングル
写真3-11-2 ケルン・トライアングルの展望台からの眺め 2013年5月撮影
●デュッセルドルフの人形アートは、ケルンにもある!
写真3-11-3 デュッセルドルフ 写真3-11-4 ケルン・ノイマルクト
左:デュッセルドルフ名物の広告塔の人形アート。こちらのブログ、ケルンだより(※、日本語)によれば「ケルン・ノイマルクトのカメラ店にも、同じ制作者が造ったモノがある。」と書いてあります。ノイマルクトは数日前うろついて来たばかり。そのカメラ店もウィンド・ショッピングしたので、鮮明に覚えています。でも人形アートは頭上だったので気づかなかった、悔しい。
右:そのカメラ店は上に掲載した写真3-6-33の聖アポステルンの左手に写っていて、写真を拡大して見ると、それらしきものが写っています。もっとまともな写真を探したところ、唯一この店の前を車で通った時、ドライブレコーダーのカメラに写り込んでいました。次回はしっかり見てみたい。
ところで、左写真の広告塔の下に書かれた文章。一部取り消し線があります。自信はありませんが、消す前は「厚かましく言えば、味が違う(好みじゃない、といった意味か)。」 消した後は「三つは、様々な味がする(十人十色)。」 ネガティブな文章がポジティブに変わっているみたい。
●ドイツに6館ある映画博物館
写真3-11-5 ベルリンの映画博物館

今回デュッセルドルフの映画博物館へ行きました。ネット検索すると、「ドイツに6館ある映画博物館のうちの一つ」とあります。じゃ他の5箇所はどこ?との疑問が湧きます。Wiki.de(※、独語)によれば、
1.ミュンヘン Filmmuseum München、ヴィクトアーリエンマルクトの近く
2.ポツダム Filmmuseum Potsdam  バーベルスベルクにあります。テーマパークのアトラクションにかまけて見ていなかった!
3.フランクフルト Deutsches Filmmuseum Frankfurt am Main 2014年春見学済み。 2014ドイツ旅行3/5>3-7フランクフルト
4.デュッセルドルフ Filmmuseum Düsseldorf 今回の旅行で見学。
5.ベルリン Filmmuseum Berlin 2013年春見学済み。写真はポツダム広場にある正式名称Deutsche Kinemathek – Museum für Film und Fernsehenが入居するビル。
6.ヴォルフェン Industrie- und Filmmuseum in Wolfen かつて写真用品を製造するメーカーとして名を馳せたアグファの施設。デッサウから南へ20数キロ。
別に意識して回った訳ではありませんが、たまたま6館のうち3館へ行ったので、こうなったら残り3館も訪れて全館制覇してみたいな。
●魅力に溢れるデュッセルドルフ
写真3-11-6 絵はがき
2011年にはラインタワーに登り、2014年にも車で市街地を走り抜けましたが、市街地を散策したのは34年ぶり。当時、日本人が多い商業都市のイメージしかなく、日本の書籍がある書店や日本の食材がある小売店などを回った記憶しか残っていません。当時撮影した写真を掲載したいと思いましたが、残念ながらデュッセルドルフを観光する意図が全くなかったので、1枚もありません。当時はフィルムカメラで、現像費もプリント代も学生には負担で、今のように気軽にシャッターを押せなかったんです。それとまだ青二才で、都市の魅力に気づいていなかったようです。
その代わりに当時買った絵はがきを掲載します。この絵はがきは服装や自動車が時代を表していますね。今回の旅行で買った絵はがきではないと分かるでしょう(笑い)。
今回ドイツ鉄道の「スト」のお陰で、わずか1日だけでしたが、デュッセルドルフの市街地を散策してみて、
●都会なのに緑が多い。
●意外と名所旧跡も多くある。
●地下鉄や路面電車など公共交通機関が充実している。
なんと言ってもルール工業地帯を抱える州都なので、経済力があり、インフラ整備がすすんでいます。ちょっと物価は高いかもしれませんが、暮らしやすい都市だろう
なと思いました。
所詮住んでいる人や過去に住んだことがある人には情報量でかなわないので、旅行記では「建築士」としての視線を意識して多めに入れてみましたがいかがだったでしょうか。もしこれからデュッセルドルフへ行くのであれば、併せてロケ地探訪第五弾その2>5-1 メディアハーバーもご覧頂くと参考になると思います。
●モノレール
幼いとき、将来の職業は「モノレール(東京モノレール羽田空港線)の運転手」。ちょうど私が5才の時に開通しています。同年には東海道新幹線も開通していますが、鉄軌道より新システムが子ども心に響いたんでしょうか。運転手の夢は叶いませんでしたが「三つ子の魂百まで。」
今回モノレールの原型かつ100年前のシステムが現役で動いているというヴッパータールへ行って来ました。一番の驚きはカーブを曲がるときの遠心力が想定外で遊園地の乗り物みたい。
写真3-11-7 サンダーバードより
Pacific atlantic monorail
時速60km程度でこの遠心力。ここでハタと思ったのは、「テレビ番組 サンダーバード 第23話 恐怖のモノレールBrink of Disaster(日本では1966年2月放送)」。制御が効かなくなったモノレールが暴走する回。このモノレールのスピードは一体どれくらいなんだろうと思って、ネットで久しぶりにこの番組を見たところ、残念ながら明確なスピードは話されていません。映像を見る限り時速200kmは出ていそう。ただ軌道も含め相当揺れていて乗り心地は悪そう(笑い)。しかし、車両、支柱などデザインは秀逸。とても50年前の番組とは思えません。
もう一つ、デュッセルドルフ国際空港にあったスカイ・トレインと同じシステムが、ドルトムント工科大学にH-Bahnハー・バーンという名称であるので、乗りに行ってみたい。
●デュッセルドルフ空港に献花台
写真3-11-8 ジャーマンウィングスの広告
今回の旅行は、新設間もないANAデュッセルドルフ~成田線で帰国しました。
搭乗まで空港ビル内を散策したら、副操縦士による意図的な墜落とされているジャーマンウイングス9525便墜落事故の献花台があり、多くの花やメッセージがありました。
事故機が、スペイン・バルセロナからこの空港を目指していたことは、皆さんご承知の通りです。
どうして防げなかったのか、そして一瞬にして人生を終えた搭乗者の無念さ、残された親族・友人らの苦しみを思うと、思わず手を合わせずにはいられませんでした。
亡くなられた方のご冥福をお祈りすると共に、同様な事故が起きない対策が進むこと願っております。
写真は昨年の旅行で、ケルン・ボン空港で、たまたま撮影していた同社の広告。
●凝り性のようで
今回の旅行記は、その1からその5までありますが、順番に作っていったのではなく、このページ(その3)の後半を残し、2015年末にその5のあとがきで、一度中締めをしました。
2016年1月に、このページの残りを作成。出発前には予定になかったデュッセルドルフ1日観光の記事で終え、これが本当の〆です。
毎回のドイツ旅行記を、自分の覚え書きのためにホームページとして作っています。昨年の2014ドイツひとり旅は、A4相当で131ページになったので、今回はダイジェスト版にするつもりが、やっぱり凝り性なのか173ページになりました。分量が多くなった分、年末には終わらず、年を越えてもまだこのように書いているしだい。見たモノ、写したモノが何なのか、気になる性格なんでしょう。
●巨大なテーマパークに満足
去年も書きましたが、私にとってドイツはテーマパークなんです。早朝にドイツへ着き、帰国日も夕方までたっぷり。全行程14日間、うちドイツ国内11泊12日。アウトバーンをぶっ飛ばし、生ビールを飲んで、ソーセージを食べて、大満足の旅行でした。鋭気を養って、また一年仕事頑張ります。それと、文章の頻繁に現れる「次は○○したい。」に、次の旅行を練っていることが分かるでしょう。そろそろ飽きそうなものですが、ますます深みにはまっていきます(笑い)。2016.1.22掲載
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